慣れる

子どもの頃から何かに慣れる事がとても嫌いだった。

筆箱の中のボールペンは、黒いキャップに赤のインクが入っていた。

自分で分解して入れ替えたのだ。

『黒いキャップの中に黒いインクが入っているのは当たり前すぎて嫌』だったからだ。

もちろん、ずっと使っていると黒いキャップのボールペンの中に赤のインクが入っている事にも慣れてくる。

そうなったら、今度は青いキャップのボールペンの中に赤のインクを入れる。

友達が私のペンを借りるとき、いつも「なにこれ?」と怪訝な顔をされた。上記の説明をすると友達はいつも「ふーん」と言ってなんとも言えないような顔をしていた。恐らく「変なやつ」と思われていたのだと思う。


住んでいたところはコンビニもない田舎だった。土曜日や日曜日の部活の帰りは時間があったので普段は絶対に通らない方へ曲がった。古い石造の水路がある道、木のトンネルのような薄暗い道を抜けると出てくる不気味な窓ガラスの割れた廃屋。

この道を行くと行き止まり、ここを行くと体育館に行ける、この道とあの道は実は繋がってる。

全部自転車で走って覚えた。

新しい道を走る事は新しい発見だった。

でも、田舎で自転車で行ける範囲は限られている。

中学を出たら家から遠く寮のある高校へ行き、高校を出たら東京に出て一人暮らしをした。





その日、私はとても疲れていた。仕事でもないのに気を遣い、時間を拘束されそうになって逃げるように帰ってきた。

引っ越して一年以上になるこの街は、そんな私を暖かく迎え入れてくれた。例えなんの変哲もない良くあるドラッグストアの店先でも、毎日目にしていたものなら人は安心する事ができるのだと、初めて知った。

慣れって良いなぁ、と、初めて思った瞬間だった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?