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『Winny』| 現実に目を向けるための映画

映画にはさまざまな楽しみ方がある。
『ムーンライト』を撮ったバリー・ジェンキンス監督はインタビューで「映画は現実逃避できるという面もあるけど、現実に目を向けるために見るという側面もある」といった意味の発言をしていた。この映画はまさに現実に目を向けるための映画だと感じた。

あらすじ


実際の事件

映画を観てもわかるように、「Winny事件」は実際に起きたことで、金子さんは2004年5月に逮捕された。当時の記憶があまりなかったので、「Winny事件」とその周囲で起きた事件について調べてみると、経緯や裁判の内容は映画のものと変わりなかった。

時系列だと
・2004年3月 Winny経由で京都府警の捜査書類が流出
 11人分の氏名や住所などの個人情報がネット上で閲覧できる状態に
・2004年5月 金子さん逮捕
・2004年5月 愛媛県警の裏金問題(領収書偽造)が発覚
 その後裏金問題を証明する資料がWinnyによって流出

映画でWinny事件と並行して描かれた愛媛県警の領収書偽造の問題も実際に起きたことだった。偽造の手口、偽造した領収書がWinnyで流出したという点も、映画と同じものだ。
さらに驚いたのは、映画で吉岡秀隆さんが演じた仙波さんはまったく同じ名前で実在すること。本来は違う名前で登場する予定だったが、仙波さんの意向で実名の人物で登場することになったとのことだった。

金子さん逮捕と警察の裏側、直接的な関係は証明されてないが、警察にとってWinnyのシェアが広がることは目ざわりだっただろう。
最近のインタビューで弁護士の檀さんは「警察の裏の意図との関係性を僕の口からは言えないが、並々ならぬ意欲で逮捕しようとしていた」と話している。

映画を観て感じたこと

感情を揺さぶられるような映画かどうかで考えると、どこか深さや奥行きがもの足りなく、立体的には捉えられなかった。個々の人物の深掘りや、事件以外の金子さんの生活、マスコミ等の視点があれば、より感情に訴えかける映画になったかもしれない。

ただこの映画の目的は、映画に求められる娯楽のバランスを崩すことなく事件を忠実に伝えることだったと思う。観る角度を変えると、解像度が上がり、映画の世界にのめり込めた。

事件以外の感傷的になれる部分を取り入れずに、事実に焦点を当て続けることは、金子さんに対するリスペクトがある撮り方だと、事件の事実を知った今になって思う。

俳優陣の演技力

ここまで現実に忠実に作ったうえで、見た人を楽しませるエンターテイメント性のある映画に仕上がった要因は、上手な配役と俳優陣の演技力にあると感じる。

映画の中で金子さんは望ましくない状況に追いやられていくが、東出さんが演じる金子さんは、表情や所作、声色などから、どこか愛らしさを感じる。映画はスピーディーに事件に関する出来事が進んでいき、人間性を深掘りする描写は多くない。しかし金子さんに愛着を感じるのは、東出さんの演技力が生み出す力だと思う。

一番印象に残ったのは、裁判にて緊張で声を震わせながら陳述するシーン。金子さんの人間性や裁判の緊張感が一瞬で伝わり、東出さんの演技力にどきっとした。

檀弁護士は実際の金子さんを「年上の弟」と表しており、映画の中でもその雰囲気が伝わってくる。

また檀弁護士を演じた三浦貴大さんについて監督は「三浦さんのバランサーとしての演技があったのでエンタメとして昇華できた」と語っている。映像の中で本当に生活しているかのように馴染んでおり、当時の人独特の生活の匂いまでこちらに伝わるようだった。

この映画は裁判シーンが緊張感をもたらす要素になっているが、個人的には秋田弁護士役の吹越満さんと警察の渡辺いっけいさんの裁判での尋問シーンがすごいヒリつきで、ここだけでも見る価値があると感じるほどだった。ベテラン俳優陣の魅力が詰まったシーンだと思う。

現実に目を向けるための映画

「学ぶ = 優しくなる」と聞いたことがある。この映画を観て事件を知ったことで、本質を見ようと努力をするきっかけになった。現在でも権力やマスコミによって理不尽な目にあっている人がいる現状は変わっておらず、物事の裏側や周囲で起きていることに寄り添う視点を持っていたい。

まとめ

この映画は実際の尋問事項から脚本を作成している。
映画について東出さんは「金子さんの汚名を返上する機会が作品によって得られた」と語っていた。
檀弁護士は「この事件が注目されるのは遅いけど、安心した。もう一回、金子さんのために闘おう」と言っていた。
他にも実名で登場することを望んだ仙波さん、自ら徹底的な取材をした松本監督など、この映画はさまざまな人の気持ちがこもっている。観ていても温度を感じる映画だった。

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