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手帳を返した後先

 先日も書いたかもしれないのですが、この5月という月は私が自分で焙煎したコーヒー豆を販売したり抽出したコーヒーを販売することをスタートした月なので毎年この月になると当時のことが自然と思い出されます。

 コーヒーを仕事にする前の仕事は、退職するときに仕事のために貸与されていた「手帳」を返すことがルールとしてありました。その「手帳」は仕事をするうえで身分を証明する重要な役割を果たしていました。

 当時の私は職場へ「手帳」を返納し、その後自分で店を構えたのですが(正確には夫婦で)それまでの私は飲食業界の仕事したことがないだけではなく、公務員という利益追求を目的としていない業種の人間でした。接客業とは異なる仕事とはいえ、やっていた仕事は事務職ではなく事件、災害、事故への対応や相談事への対応を仕事としていたため、仕事の中の多くの時間で直接住民の方々と接してきたため世間の感覚を常に肌身で感じているつもりでいました。

 それでも「接客」という仕事は経験をしたことがなかったため、公務員を辞職した後は飲食店でアルバイトしようかとも考えました。しかし、下手にアルバイトしてもその会社のマニュアルが身についてしまうだけだと思い直し、結局アルバイトはやりませんでした。ただし私自身が「素晴らしい接客だ」と感じた店にとことん通い、その店の「よいと感じるところ」を徹底的に観察しました。通って観察することはもともとの職業的に得意とするところでしたから。

 このように接客については目指すべきモデルに近い店に通って自分なりに研究していました。しかしながらコーヒーの焙煎について学べるところはなく(正確にはなくはありませんが目指す味を表現している焙煎を学べるところはなかった)ひたすら手網で焙煎をして目指す味に近づいているかを自分で確認していました。

 焙煎するごとに時間を図り、焙煎によるコーヒー豆の色の変化を標本のようにして記録し文字にして記録し、焙煎後の重さを計量し水分の抜けた割合を算出し含水率と味の関係を記録するなどして自分なりに目指すものを作っていました。

 そのうち自分自身の主観的な味覚だけではお客さまに味の説明をするときに説得力がないのではないかと不安になってきたので客観的に味を評価できる方法はないかと探し回ったところ「SCAA(Specialty Coffee Association of America)認定カッピングジャッジコース」(いまのQアラビカグレーダーの技術部門のみのコース)というものがあると知り、けっこうな金額ではあったのですが一大決心をするつもりで受け、20項目くらいあった試験を無事にノーリテイクでクリアしました。

 公務員を辞めたばかりのコーヒーの素人が各企業から選抜されたりして来ている人たちの中に混ざって受講するわけですから、それはもう必死でした。1週間ていどの宿泊を伴う試験期間中、味覚を保つために食事に気を配り、できる質問はできる限りし、ほかの人の質問も自分がした質問のように聞いていました。

 このように味覚や接客という部分については学ぶところなどはあったのですが、焙煎についてだけは自己研鑽のみでした。未だに特別教えてもらったうことはなく、いろんな人と焙煎をし、焙煎したコーヒーをチェックして意見交換をするということを積み重ねてきています。

 技術を磨いていく先にゴールはなく、ずっと道半ばだと思うのですがそれでも焙煎したコーヒーを飲む人に美味しいと言ってもらえることはうれしく、コーヒー豆を育てた人たちの品質への努力に甘えることなくそれを達成できるように、むしろ焙煎という工程でコーヒー豆のポテンシャルを限りなく100パーセント近く引き出せるようになりたいと思っています。

 こんなことを毎年5月になると思ってしまいます。「手帳」を返納して10年目を迎えていますが今後も変わらず続くのではないかと思います。今年は1年前よりも成長しただろうか。自問自答を続けています。

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