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『裏新人賞』#2

 確実にだれも待ち望んでいない私的な賞の発表をするのは、本当に烏滸がましいのですが慣例なので、今年も裏短歌研究新人賞を発表させていただきます。

短歌研究九月号に掲載されていた全首を全身全霊込めて読んだのだけは事実ですのでどうかお許し下さい。

 今回の新人賞はあくまでも目にとまった一首のみでの選考であり、一首部門での受賞作品の決定をさせていただいております。

最終選考通過作のそれぞれの歌が素晴らしいのは当然ですし、受賞された作品の完成度にもその選考に対しても何の異論もありませんが、予選通過したのみであった単体の作品にも素晴らしい歌がたくさんありました。

わたしによるわたしのための一首部門での最終選考にのこった作品を短歌研究の最終選考通過作、佳作、予選通過作から順に紹介して、最後にわたしのわたしによるわたしのための新人賞と次席作品を発表いたします。

『裏新人賞』#1 でも申し上げましたが、時の不運によって予選通過に甘んじてしまったであろう作品を金の柄杓で掬い上げる事を目的としておりますので、優勝も準優勝もあえて佳作未満の作品から選出させていただきました。(あくまでも選考基準は、たった一首から読みとることが出来るストーリーへの私的な期待感が主たるものです)


 《最終選考通過作品より》 

毛穴から出てきたような言葉にもいいねをくれる大阪の友

(『ラッキーセブン』鷹山菜摘)


あるけれど「あすがあるさ」はゴキブリが逃げ出すときの音に似ている

 (『砂時計の挑戦』中本速) 


暁の空は祈りを吸いこんで夢のつづきは知らなくていい 

(『結んではほどいた言葉』神野優菜) 


人類を超えた知能は人類を超えてないふりしているだろう 

(『無力力』井上閏日) 


あきらめない人が私を追い抜いて満員列車に飛び乗ってゆく 

(『解約』目白しずか) 



 《佳作作品より》

さみしさに速度があってわたくしはまっさかさまに落ちてゆく月 

(佐巻理奈子) 


錆びついた自転車、ビニール傘の骨、高温でてらてらのスカート 

(田口もえみ) 


どのひとの夜にも月があってまだなまあたたかいシーツのくぼみ

 (東こころ) 


乱雑に積み重なった古本のずれを眺めて風のある午後 

(山内優花) 


  《予選通過作品より》

太陽に葉を透かすとき眼裏の君が素肌に羽織るワイシャツ 

(阿部圭吾)


だしぬけに生命線が疼き出すこんな病気があるのだろうか 

(相川高宏)


ゆめというゆめの密輸をみてしまう鍵のかかったテニスコートで 

(伊波慧) 


スカートでブランコをこぐあやうさで跳び越えてゆく季節の境 

(稲葉千咲) 


路地裏のアロエのながいながい影 君とはじめて踏むながい影 

(小野田光) 


触れたときわかった、人に成れる気がして溶けていく翼の名残り

 (織紙千鶴) 


空豆の空のなごりを茹であげて粗塩ふれば一日終はる

 (大野靖史)


愛されていたか 私の人生は廃棄に回るファミチキみたい

(城崎無理) 


まっすぐなためぐちをきく露店商赤とピンクの消しゴムを買う

(櫛田有希)


太陽が欲しいと祖母を困らせてオレンジひとつ買ってもらった

 (佐久間瑠音) 


ガリバーに妻子がいたということを省略すればなんて春風 

(柴田葵)

  

やや無理に飲んではみたが吐き出してなんとなくなんとなく、ごめん 

(ニキタ・フユ) 


故郷へ宛てる手紙は三行で銀座あたりのポストを選ぶ

 (西田和行) 


こよみではもう春だけど適当なお店で買ったタルトのまずさ 

(橋爪志保)


いいところいいところだと連呼して防風林を走り抜けたり 

(広澤治子) 


何もかも面倒になり嫌になり分数計算ドリルを買う

 (福田加芳) 


色彩で話せるならばいまはもう菫色、の、濃淡ばかり

 (穂崎円) 


身を焦がすほどの恋路はあったのか答えたくない蓼科時間

 (柚村風里)


 それでは、第六十回短歌研究新人賞の一首部門の裏新人賞および次席作品を発表いたします。


《最優秀裏新人賞》

故郷へ宛てる手紙は三行で銀座あたりのポストを選ぶ

 (西田和行)

  たった一首でありながら、故郷の親と東京で一人暮らしする子との絆や、思い通りにいかない現状の葛藤などの三十首分のストーリーを充分に感じさせてくれました。この一首については、故郷までの距離、現住所から銀座までの距離、そして親子間の心の距離が、まるで三行の手紙の紙背に凝縮されていて、それが幼いころにした、あぶり出しによって浮かび上がるような趣が素晴らしいと思いました。

 

《次席》

ゆめというゆめの密輸をみてしまう鍵のかかったテニスコートで

 (伊波慧) 

 一方こちらの次席作品からは三十首分のストーリーの全体像を全く見出すことが出来ませんでした。しかしながら一体どんな物語なのか知りたい衝動に駆られました。どこかファンタジックで、どこか秘密めいたこの独自の世界観が滲む一首から作者はどこへ読者をいざなってくれるのか、その興味が尽きなかったことが選考理由です。


 以上で裏短歌研究新人賞の発表を終わります。ぜったいに目に留まることはないでしょうし、たとえ目にしても喜ぶことはないのでしょうが、受賞、次席のお二方に心より賛辞を贈らせていただきます。



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