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仕草を感じる音

例えば中学校をサボって家でインターネットをいじっていた時。
GLAYのファンサイトでよくチャットをしていた。
夜になれば常連がみんな来て盛り上がる。
昼間はほとんど人がいないけど、
コメントするとサイト側が自動返信してくれる。
たまに風邪で学校とか会社とか休んだ常連が昼間にもいて、
なんでいるの?!みたいに盛り上がったりする。
同じ空間に母親がいるじゃないかとかそういうことではなくて、
自分の関心の先に確かに人がいる。
そんな時少しだけ寂しさが紛れる。

音楽制作の裏側を知るのが好きだ。
GLAYのpuresoulをTAKUROが初めてメンバーに聞かせた時の映像を何かで見た。ちょっとした練習場のステージでTAKUROが弾き語りする、それをメンバーやスタッフが客席側の平場で体育座りしながら聴いている。歌詞や曲展開は完成版とは違うけど、こうやって大好きな曲になっていったんだという感慨、人がこうやって音楽を創っていくんだという力強さを感じて、少しだけ寂しさが紛れる。

ジェフベックの「Wired」を聴いていると、
たまにキーンという金属音が聞こえてくる。
アーミングした時に、
ストラトキャスターのボディ裏のスプリングが伸縮する時の音だ。
確かにCDのその先にジェフベックの仕草を感じる瞬間、少しだけ寂しさが紛れる。

音の先に、確かに人間が居るんだということを感じる音楽を残したい。
どうやって演奏したのか、どういう環境で録ったのか、どんなコンディションだったのか(風邪をひいていたかもしれない)。
自分で録ってていいテイクだなと思う基準は、このニュアンスはなかなか再現できないぞという表現を記録に残せた時だ。
編曲に登場する楽器が増え音を重ねるほど迫力は増すが、
繊細な表現やノイズ、低い声も埋もれていく。
音を重ねず、その場で起きている音全てを感じたい。

そりゃ、音楽は確かに人が作っているのだけれど、
本当にそうなのかな。

今回作りたいのは友達が1Kの部屋でポロポロ、アコースティックギターを弾く仕草が目に浮かぶような情景を想起させる音を残したい。
制作の裏側を密着しなくても手にとるようにそれがわかる、
装飾も秘密もない音で誰かの少し寂しさを紛らわせることはできないだろうか。
「仕草を感じる音」という言葉にはそういう意味を込めています。

中井設計


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