VERB
昨日今日と気圧変化が大きく、頭が痛い。
朝起きたら喉が痛く、イビキでもかいていたのかと思ったが一日中痛いのでこれは季節の変わり目の風邪かもしれない。
さっきから僕の心のヤバイやつのアニメをずっと観ていたのだけど、主人公の市川が高熱を出したので私も自分の不調を自覚し、身体を温めようと湯船に浸かることにした。
ここ一年は本当に仕事に忙しく平日はぐったりして制作どころではなかった(ただしキーとなるアイデアはそういう時に生まれる)。
今月は年度末に竣工する案件が多く、定時で帰れるような日が結構あった。そうはいっても制作に食指が伸びないことが2週間続いており、土日の自由な時間があったとしても、やらなきゃなぁ、と思いながら23時になる。そこから1時間、やるべきと思っていたことに着手して24時には音を止める。この、イメージはあるが抽象度が高いためどう向かったらよいのか腑に落ちるレベルまで具体化するためのプロセスは実に心に厳しい。
そんななか、僕の心のヤバイやつを鑑賞していて湧き上がるものがある。毎日がワクワクすると同時に怖くて考えすぎちゃうような生活、今そんな時間を過ごしていないじゃないか!!と思い、身体でも温めようとしている次第だ。
そんなバカな、という出会いは不思議とあるものなのでとても共感してしまう。
大学時代の知り合いが今北欧を回っていて、スイスやフィンランドの名建築の写真を毎日のようにSNSにアップしている。よくこんな円安の時期にスイスなんて行けるものだと羨ましい中、近年アウトプットが枯渇気味だった、という主旨のポストをしていた。なるほど、這ってでも行きたい感じなのだなぁという状況は理解できた。
私はAmazonプライムで高校(中学かも?)が舞台のアニメをみて、なんか青春っぽいドキドキ欲しい!なんて思いながらお風呂を沸かして入っている。終わ、りは始まりの合図なのだ。
必要な情報だけ得られれば取り敢えずはいいかなぁ、なんて気持ちでiPhoneや MacBookの小さなスピーカーで聴いたことのない音楽をザッピングしたりしている。無職の時はとにかく自由だったので、美術館やギャラリー、卒業制作も観に行ったし、普段は行かないようなライブももちろん行った。そうでもしないとインプットに不安があったのかもしれない。でもそれが曲に結びついたかどうかはよくわからない(アルバムが2枚できた)。
とにかく今は、あまり大きな音を聴きたくないことが多い。
そのくせ、解像度の高い再生環境じゃないとわからないような残響音にこだわって音源を作ったりしており、困ったものである。そこに納得していなければ中井設計の作品ではないのだ。
こういうのが作りたい、というイメージと、あの人に聴かせたい、という動機がセットでやっと重い腰が動くということなのかもしれない。
ふと思ったのだけど、逆に振り切った爆音は私をその気にさせる。
そうか音を大きくして作業すればよいのだ。
そうします。
写真は長年追い求めていたバスの停車ボタン。