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韻律的世界【6】

【6】萩原朔太郎─韻律形式の一般法則とその解剖学的研究

 『恋愛名歌集』から、萩原朔太郎が個々の和歌作品について「韻律の構成を詳しく図解評釈した」(14頁)箇所を、いくつか引きます。

A.和歌の韻律形式の一般法則と若干の規範

①浅茅生の小野の篠原しのぶれどあまりてなどか人の恋しき
  Asajiu no
  Onono shinohara
  Shinoburedo,
  Amarite nadoka
  Hito no koishiki.

「この歌の音律構成は規範的で、短歌の韻律学が定める一般法則を示して居る。即ち上三句でNo音とShi音を交互に重ねて押韻し、下四句の初頭において、主調音「浅茅生」のAを受けて対韻して居る。この押韻形式は短歌の一般的原則であ」る(102頁)。

②風をいたみ岩うつ浪のおのれのみ砕けて物を思ふ頃かな
  Kaze o Itami, Iwauthu nami no, Onore nomi;
  Kudakete mono o, Omo korokana.

「…この歌は上三句でtami,nami,nomiの三重対比を押韻して居る。そして第四句の起頭音を第一句の主調音たるKと対韻させてる。また第五句以下を母音Oで延ばして行き、終曲に近く再度Kを出して主調音と軽く対比し、楽典的の自然法則で結んで居る。この音韻構成は前の「浅茅生の小野の篠原」の歌と同じであって、短歌の韻律形式における一規範を示すものである。
 想としては一般の歌であるが、K・I等の堅い感じのする音を拍節部に使うと同時に、一方では開唇音の母音Oを多分に用い、その対照を巧みに交錯させてる為、一首を通じての音律感が、あだかも岩に浪が当って砕けつつ、海波の引去りまた激するように感覚される。そうした音象的効果の点で、かなり成功した歌と言えるだろう。」(111-112頁)

③由良の戸を渡る船人梶を絶え行方の知らぬ恋の道かな
  Yuranoto o
  Wataru funando
  Kajio tae
  Yukue mo shiranu
  Koino michikana.

「上三句までは序であるが、同時に比喩にも使われて居る。船の梶が絶えたように恋が絶えて、頼りなく行方も解らぬと言う失恋の歌である。声調が美しく朗々として居り、あだかも船に乗って浪間を漂うような感じがある。第一句の主音U(Yは子音であるからUに韻が掛ってくる)を、第四句で「行方」のUに対韻させ、かつ全体にUの母音を多く使ってるため、静かに浪のウネリを感じさせる音象を持ち、その点で比喩の想とよく合って居る。洗練された芸術がもつ、「美」の観念をはっきり啓示してくれる歌である。」(123頁)

B,和歌の韻律構成の解剖学的研究

①これやこの行くも帰るも別れては知るも知らぬも逢坂の関

「この歌を詠吟すると、如何にも逢坂の関所あたりを、東西の旅客が右往左往して慌しげに行き交う様子が浮んで来る。その表象効果は勿論音律に存するので、「これやこの」という急きこんだ調子に始まり、続いて「行くも」「帰るも」「知るも」「知らぬも」とMo音を幾度も重ねて脚韻し、さらにKoreya Kono yukumo Kaerumo wakaretewaと、子音のKをいくつも響かして畳んで居る。こういう歌は明白に「音象詩」と言うべきであり、内容をさながら韻律に融かして表現したので、韻文の修辞として上乗の名歌と言わねばならぬ。」(103頁)

②みかの原わきて流るる泉川いつ見きとてか恋しかるらむ
  Mika-No-hara Wakite-nagaruru
  Ithumi-kawa Ithumi-kitoteka
  Koishi-karuran

「上三句までは序で、四句の「いつ見き」を声調に呼び出すための前奏である。こうした序はまったく音律上の調子を付ける為で、内容的には何の意味もないノンセンスである。しかしまたこうした歌に限って音楽的で、韻律上の構成が非常に美しく作られて居る。故に和歌の韻律構成を研究しようと思う人は、この種の歌を親しく解剖するに限る。(略)
 即ちカ行Kの音と母音Iとを主音にして、一種の「不規則なる法則」による押韻対比を進行させて居る。そのため非常に音楽的で調子がよく、内容の空虚にもかかわらず調子の魅力で惹かれてしまう。」(134-135頁)

③鵲のわたせる橋におく霜の白きを見れば夜は更けにけり
  Kasasagi-no Wataseru-hashi-ni Okushimo-no
  Shiroki-o-mire-ba Yowa-fuke-ni-keri.

「…この歌を読むと不思議に寒い感じがして、霜に更ける夜天の冷気が身にしみて来る。その効果はもちろん想の修辞にもよるけれども、声調がこれに和して寒い音象を強くあたえる為である。即ちこの歌の音韻構成を分解すれば、主としてKとSとの子音重韻で作られて居る。そしてこれ等の歯音や唇音やは、それ自身冷たく寒い感じをあたえるからだ。」(165頁)

 ──『恋愛名歌集』には、万葉集の「建築美」と新古今集の「織物美」を二つの頂点とし、古今集を「未完成の歌集」と位置付ける、萩原朔太郎独自の和歌史観が示されています(215頁他)。
 また、貫之・定家を一代の美学者にして二流の歌人もしくは没情熱の人工的歌人と評し(139頁)、人麿・西行・式子内親王を「真の本質的詩情」をもった詩人と称える(147-149頁他)など、独自の批評眼による叙述が鏤められています。
 とても興味深い話題ですが、ここでは割愛し、先を急ぎます。

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