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ペルソナ的世界【9】

【9】原意識と高次の意識─クオリアとペルソナ・余聞

 ペルソナをめぐる考察を進めるために、これとは存在の次元を異にするクオリアに関する理論、いわば「クオリア的世界」をめぐる議論を参照し、ペルソナ論への援用を試みてきたのには、それなりの訳というか事情がありました。それは、私なりの“体系”的な思惑のようなものに裏打ちされています。
 というのも、これまで取りくんできた「韻律」「仮面」「文字」が、マテリアルで形象的な素材をふまえたものであったのに対して、いま取りあげようとしている「推論」「ペルソナ」「文法」の各項は、メタフィジカル(もしくはメタフォリカル)で形相的な対象であって、前者と後者を代表する典型例として、それぞれクオリアとペルソナの概念を取りだし、相互に関係づけることによって、マテリアルとメタフィジカルという二つの界域を接続する理論的な“導管”を設えることができるのではないかと考えたからです[*]。
 この目論見が果たして充分に達成されたかどうか、あるいは、少なくとも議論を深めていくための論点の抽出くらいはできたかは措くとして、ここでは、クオリア、ペルソナをめぐる(使いこなせなかった)手持ちの素材を生のまま拾っておきたいと思います。

◎「原意識」(クオリアの空間)と「高次の意識」(自己=ペルソナ)

 ジェラルド・M・エーデルマン 『脳は空より広いか』(冬樹純子訳)の第6章「脳は空よりも広い──クオリア、統合、複雑系」から。

《クオリアはたくさんの座標軸からなる高次元の空間を構成するし、その位置は他のいろいろなクオリアとの相関によってはじめて決まる。相互識別というのはそのような空間で生まれる。(略)
 クオリアの組み合わせは無数にあり、ゆえに意識状態もまた限りなく豊かである。それでいて一つ一つの意識状態は分割不能な単一のものだ。「無数に差異化される意識状態」と「単一の意識状態」、これらは一見矛盾するように思えるかもしれない。これらの特性が両立することを示すには、このような意識の特性が、どのような神経系の組織化から生れてくるかを説明できれば十分ではないだろうか。
 まさにこのような特性が複雑系にみられる。》( 『脳は空より広いか』85-86頁)

 エーデルマンは、複雑系としての脳の機能クラスターを「ダイナミック・コア」と呼ぶ。

《途方もなく複雑な神経回路を瞬時のうちに動員するこのダイナミック・コアは、意識のプロセスがもつ、「ひとまとまり(単一)でありながらも、次々と変化し推移する」という特性にぴったりの神経系の組織化だと考えられる。(略)
 とりわけ、コアを構成する回路やニューロン群がもつ縮退とか連合といった性質があるため、意識をもつ動物は、コアの活動によって高い次元の識別が可能になる。クオリアとはこの識別に他ならない。そして多種多様な識別は、ダイナミック・コアが複雑系だからこそ現れるのだといえる。》( 『脳は空より広いか』90-92頁)

《動物がごく初期に行う識別は、自身の身体に関する知覚カテゴリー化が中心となる。そうした知覚カテゴリー化を担うのは、身体状態の地図的関係を形成するいくつかの構造(脳幹その他の価値系にある)からの信号である…。これら「自己系」からの信号は、自分の身体が、内部環境および外部環境とどのように関わっているかを報告する。報告は、いわゆる固有受容性感覚、運動感覚あるいは体性感覚、自律神経などからもたらされる。(略)
 発達初期には、こうした身体感覚に基づいた原始的な自己意識(これは胎児期の動きでさえ影響する)を体験するが、これこそがわれわれのクオリア空間に最初の方向性を与えてくれる。そしてそれを基点に、今度は外界からの信号(=非自己)をもとに、記憶が丹念に築かれていく。このように、高次の意識が現れる前にまず、「身体を中心に据えられた」意識シーン、あるいは「脳が身体に伺いを立てる」クオリア空間が構築されるだろう。(略)
 自己と呼べるような自己は、ヒトでは、意味能力や言語能力や社会性が徐々に備わって高次の意識が発達していく中で現れる。そうなるとそれぞれのクオリアは然るべく名づけられ、はっきりと識別できるようになる。しかしクオリアはそうなる以前から、原意識によって識別されているし、しかもその識別は、現在進行中のカテゴリー化に照らして行われているにちがいない。》( 『脳は空より広いか』93-94頁)

[*]私の現時点における“構想”では、さらに第三の「比喩・修辞」「イメージ」「註釈(学)」の三つ組が、メカニカルで道具的なテーマ群として予定されている(項目名はいずれも仮称)。──ここに出てきた「マテリアル/メカニカル/メタフィジカル」の(高次の)三つ組は、「哥とクオリア/ペルソナと哥」の第68章第5節から第77章第3節にかけて(その中軸は第69章から第76章まで)論じた「人間の言語の三帯域論」において詳説している。

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