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領収書とごめんなさい

あの人は何回謝ったんやろうか。
男性で、年齢はたぶん70歳過ぎくらいだったと思う。

とあるクリーニング屋に会社の横断幕を引き取りに行った際に私はお金を支払い、そして領収書を要求した。

少額ながらもこれは経費だから領収書が必要だ。
ところがそのおじさんの表情が不意に曇った。

「領収書ですか、、」

おや?面倒だと思われたのだろうか。いや違った。

「とても時間がかかります。ごめんなさい。」
おじさんは少し震える手で領収書の束を取り出すと少しだけ気持ちを落ち着かせる様に深呼吸し、私に会社名を教えてくださいと言った。

私が所属している会社名は比較的長い方だ。口で説明するのも時間が掛かるのでこういった時は名刺を差し出すようにしている。

おじさんは名刺を見るとありがたそうに感謝の言葉を発し、私に次の質問をした。

「ごめんなさい。会社名が書かれている文字はどこですか?すみません。面倒だと思われるでしょうが教えてください。」

戸惑う私におじさんはこう続けた。

「私、小学校もろくに行ってなくて、、その、、字もろくすっぽ読めませんでして、どうもすいません。」

私は名刺で会社名が書かれている文字列を線で囲ってあげた。

「お忙しいでしょうが、すみません。時間がかかります。ごめんなさい。」そういうとおじさんは緊張しながら一文字一文字、いや一画一画 名刺の文字を見ながら領収書に宛名を書き始めた。

そのあと何度おじさんはごめんなさいと言い続けただろうか。あまりに気の毒なのでこちらがゆっくりでいいですよと言ってもずぅーっと『ごめんなさい』と繰り返すだけだった。

ごめんなさい。
もう少しで書けますから辛抱してくださいね。ごめんなさい。

いやーお待たせ致しました。すいません。
兄さん ごめんなさいね。

やがて領収書が私の手に渡った。そこにはミミズが這ったような線で書かれた文字で社名がしっかりと書かれていた。

立派な領収書だと思った。

#エッセイ

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