自分の言葉とは何か【エッセイ】
これはね、結論から言うと当たり前のことだと思っていた世界にほんの少し驚くということだと思うんだ。
よく自分自身の言葉で人に思いを伝えたいとおっしゃる方がいて、なぜかそんなことで悩んでいる姿をお見受けする。
でもね、これは悩む必要なんて全く無くて、究極こんなことで悩んでる間は『自分の言葉』という言葉に囚われている状態と言っても良く、得てして外が見えていない状態なのである。正直これはもったいない。
打破する方法。
こんな時は何でも良いから外を見るに限る。
例えばだ、私は昨晩スナップエンドウを食べた。
いきなり何かと思われるかもしれないが、スナップエンドウとはサヤごと食べれる豆のあれだ。いつも私はそれをサヤごと口に頬張ってポリポリ食べているが、昨晩はたまたまサヤを割って中の豆を覗いて見た。
「あっ」と声が出た。
スナップエンドウの豆ってサヤの中でこんな風にグイチに実が付いてるんやなって驚いたんだ。ちなみにグイチって『互い違い』のことね。
たがら何って言われても困るけど、重要なのはそこじゃない。
別になんてこと無いけどたったこれだけのことで言葉や文章は自然と生まれてくるのである。その事実が重要なんだ。
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ここのコメントを目にしてくれてるってことは最後まで読んでくれたってことですよね、きっと。 とっても嬉しいし ありがたいことだなー