シンキング光速【エッセイ】
突然だが…
父が心筋梗塞で倒れた。母からの話によると前日、蛍を写真に撮るんだと楽しそうに遠出をしていたが帰ってきてからどうも体調が優れなかったらしい。
翌朝、胸が苦しいからと母に近所の病院に連れて行ってもらうと、そのまま設備の整った大きな病院を紹介された。そして大層なことに救急車を手配してもらったそうだ。父にとってウキウキの初体験である。
上記の記述の雰囲気からも分かるように、結果から言うと父は無事に命を取りとめた。これは幸運としか言いようが無い。その日の内の緊急手術だった。日本の医療技術と体制に本当に感謝、正直頭がさがる思いである。
さて、昨日は午後から集中治療室から一般病棟に移るということで、さっそく面会しに病院に向かった。月末の仕事を会社の皆に押しつける形になってしまうが仕方がない。快く申請も通ったし、ここは堂々と休む。
小雨が降る中、電車とバスを乗り継いで大きな病院へと向かう。ついたのは14時頃。
ナースステーションで父の名前を伝えるとすぐに案内してくれた。コロナの影響で検温などの過程はあったがスムーズである。ただ、ここでハプニング。私がマスクをしていたせいか上手く名前が伝わっていなかったらしい。たまたま入院していた父の名前と一文字違いの人の病室へと案内されてしまったのだ。
カーテンの向こうに見知らぬ人が見える。
アカン。このままいくと看護師さんが「息子さんが面会に来ましたよ」と声を掛けた途端、見知らぬ息子が寝床に立つことになってしまう。認知していない子供が急に訪れてきたみたいな感じになってしまうではないか?
「ちょっと待ってー!」
叫ぶわけにもいかないから、看護師さんの肩を高速で叩く。違います。違うんです。私は父に会いに来ました。でもその人は違うんです。その人がショックでそれこそ体調を崩されても困ります。
ナカタさんではありません。ナカです。私の名前は仲です。ナカタではありません。
そこで看護師さんが気付く。ええええ、みたいな顔をしている。
そうです。そうなんです。それ以上行ってはいけないのです。私にぶつかっても良いので180度ターンをしてください。宜しくお願い致します。
最悪の事態は避けられた。
よかった。もしもあのまま面会してしまったとして「親父、人相が変わるぐらい苦しかったんだな」とボケながら声をかける勇気は私にはなかったからだ。
死にそうになったのは私ではなかったが、走馬灯のようにいろいろな考えが光の速度で頭を駆け巡った。シンキング光速である。ちなみにシンキング光速とは心筋梗塞をモジることで私が作った造語である。今つくった。不謹慎だが、これから流行らそうと思っている。
読者の方は協力してほしい。大丈夫。絶対に流行らないから。ちょっと叱られてそれでおしまいだから、是非とも使ってみてほしい。
雨が降っている。
どうやら14時の段階ではまだICUから一般病棟には移ってなかったみたいだ。あと30分ぐらいで移ってきますのでそれまで時間をつぶしてくださいと言われたので待合室の窓から外を眺めていた。
雑誌の広告が目に入る。
シャンプーの写真が不意にペンギンが並んでいる姿に見えてフフフと笑ってしまった。
ただ、待ちながら時間を待つとき、人は取り留めも無いことを考えるものなのだなと思った。
30分ほど待っていると後ろから声を掛けられた。
母が立っていた。私に声を掛けたのは母だった。
「お父さんこっちだから」とそのまま案内してくれた。
病室に入り、カーテンをあけると、そこには本物の父が居た。
「本物のお父さんだ!」思わず感嘆の声をあげると、母が「当たり前でしょ」と訝しげな顔をした。
いや、これには訳があるんですと言いそうになったが、ややこしいからその場では黙ることにした。
流石に心臓に管が入ってる親父を前にして爆笑トークを繰り広げる勇気が私には無かったのだ。だってそれが原因でポックリ父が死んだら嫌でしょ?
それこそシンキング光速案件になるわ。
ここのコメントを目にしてくれてるってことは最後まで読んでくれたってことですよね、きっと。 とっても嬉しいし ありがたいことだなー