11話

もしかしたら違った未来があったのかもしれない。考えても仕方ない事なのだけれど。例えば、少し後ろを歩く彼と一緒に暮らしていく未来も存在したのかもしれない。それはまるで妄想レベルの事だけれど。仮にそこに恋愛感情があったとしても、伝えるべきだった言葉は他にもあったのかもしれないし、聞く必要がない事だって触れるべきだった事もあったかもしれない。人の懐に入るのを避けて生きてきたような気がする。それらが今の寡黙な空間として形而上的に表現されているのだ。だから、私達は無目的に歩いている。

昔話がまるで最近の事のように思い返すのは情けない事だろうか。どんな人生を送ったって全ての感情的な呪縛から解き放たれる事はない。そしてそれは大人になったとしても体を覆う薄い膜のように周りを漂っているのだ。これからどんな人に会ったとしても過去を共有する事など出来ない。そう思うとまるで永遠みたいだ。だったら無意味だと感じられる時間だとしても、今一緒に歩いている微妙な男性ふたりも私にとっては大切なのかもしれない。


港の遙か先、小さな商船の奥の方から段々と明るみが差し込んできたなら、朝が近づいてきている証拠になるだろう。夜の海は怖いけれど凝視の先に救われるような気持ちになれるだろうか。きっとそれはそう遠い先の出来事ではない。きっと必ず訪れる。

結局どこにも腰を落ち着かせずに私達は歩いた。会話が弾むでもなく。触れ合うわけでもなく私達は歩いた。体は冷え切って足は疲れ果てているけれど、もう誰も帰ろうとは言わなかった。今夜、この時が一緒に過ごす最後の時間だとしても私達の間で伝えるべき事はもうなかった。残された感情の余韻みたいなものが解消出来ずに漂っているのを多分全員が感じていたけれど誰も口を開く事はなかった。

明日、家に帰ったら思いっ切り眠ろう。柔らかな毛布に包まって、カーテンをしっかり締め切ってひとりで眠ろう。誰にも私は触れないし、触れてはこないけど構わない。そうして明後日になったらまた仕事に行くのだ。彼らに会うことはもう二度とないかもしれないけど、それでも構わない。妙だけど、少し寂しくはあるけれど。

後ろを振り向いてみれば三上は淡々と歩いていた。軽薄な彼の軽口も鳴りを潜めて、夜の影が差し込んでいて表情は読めないが、少し寂しそうにも見える。それを見ていたら胸が少し苦しくなるけれど、それがなんだというのだ。と打ち消す。

その隣を彼も歩いている。正面を見て歩いているのか私の方を見ているのかは分からないけれど、目を伏せずに正面を凝視しているように見える。偉いね。頑張れ。なんて言ってあげたいけど、その意味も分からないし、そんな資格もない。

みんなで写真を撮れたらいいなと思ってポケットの中でスマホを弄ぶけれど言い出す事は出来ない。私達の歩みは遅くてまるで牛歩だ。光が差し込んでくるのを待ち焦がれながら、黙殺された感情を積み重ねて私達を覆っている。それはまるで青春みたいで懐かしいなって思って私はひとりで隠れて笑った。

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