9話

次の瞬間いきなり彼が僕の右肩を掴んだ。
突き飛ばしてやろうかと思った。
そのくらいに僕はいつの間にか苛立っていた。
「なんだよ、いきなり。」
三上はにやにや笑っている。こいつはいつもそうだった。ずっと前から変わらない。近所だしなんとなく友達っぽく過ごしていたけれど、決して友達だなんて認めたくなかった。心中を語るなら、僕の中には壁が用意されていて大人になった今も崩れる事なく悠然と聳えている。簡単に心の中の大事な部分を他人に見せる事なんて出来ない。瞬間的に思ったわけでもないけど、そんなような事を漠然とずっと考えていた。部屋の壁、その一部分に当たる光の照射。夜のトンネル。好きだったと思えるような小さな恋。夜が一番深くなる時間。そうだ、そういうものを探していたけど見つからなくて。だからこんな時間にこんな場所にひとりでいたんだと思う。見つかるはずもないのも分かっているのだけど。

「俺、もう行くから」と彼らに向かって言った。
「いや、ちょっと待てって」と三上が言った。「なんでだよ。もう行くから」


変な感じがした。今日は朝から妙な予感があった。寝覚めも良くなかったし。目の前の状況が理解できない。クラシックのシンフォニー。早い旋律の木管楽器がフレーズを刻むように突然展開された状況に戸惑う。しかし私の心中は意外にも穏やかだ。もうなんか面倒くさい事になるなら早く帰って眠りたい。もしかしたら三上から連絡があった時、ひょっとして。と思うような些細な期待を持たない事もあった。それを受け入れるかは別として、乾いたような毎日に打たれて退屈だった。そう、それにも飽きていたんだ。だから、こんな海まで来た。なのに目の前で起こっているのは過去の友人とも呼べるか微妙な男性と旧友が決して良好とは言えないような空気の中で今、まさに揉めようとしている、理由もないのに。三上の考えている事が分からない。彼の事はもっと分からない。だってろくに話した事もないし。

「折角久しぶりに会ったんだからさ。どうする?コンビニでも行く?」空気を読まない振りをした。なんだか三上はいつも通りふざけているみたいに見えるけど、彼は再会を喜んでいるようには見えない。というより不機嫌なように見える。
「本当に久しぶりだね。ていうかさ、なんで海になんていたの?ひとりで。」
無視。無視された。
ふたりとも私の気遣いなんて耳に入らないようだ。なんだか面倒臭くなってきた。

「そうだ海っていうかさ、港だけど。ちょっと歩いてみようよ。」「防波堤とか懐かしくない?」
言ってみてハッとした。防波堤が懐かしいって私は言ったけど、それってどうしてだろう。そこに特別な思い出があるわけでもない。発言してから数秒後に思い立った。心当たりがあったのだ。

「あ、ねえ。昔さ。3人で行ったよね、海。ほら地元の。それでさ防波堤に行ってさ。」

ふたりがこちらを見た。何か言葉を繋げなくてはいけない。防波堤に昔、3人で行ったからなんだというのだ。特別な記憶でもなんでもない。今、この瞬間まで忘れていたくらいなのだから。三上がこちらを振り向いて笑った。というよりにやっと笑った。彼もこちらを見た。しかし相変わらず何も言わない。

「ほら、行こうよ。こんなところにいても寒いだけじゃん」と私は言った。

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