3話

僕は17歳でどこからも取り残されているのだ。

彼の部屋の灯りは消えていた。しばらくそこに立って様子が変わるのを待っていたけれど、いくら待っていても無駄だろうなと直感で分かった。時間は待ってくれないし、もしかしたら親が出し抜けに起きて部屋の様子を見に来るなんて事もあるかもしれない。その時に誰もそこにいない事が発覚したなら、面倒な事が起こるだろう。既に関係としては決して良好とは言えなかったし、出来たら僕としてもこれ以上こじらせたくはなかった。

携帯電話が欲しいなと思った。あれさえあればどんな時間だったとしても誰かに電話をする事が出来る。それに、もしかしたらどこからか火急の案件が迷い込んでくるかもしれない。同級生達の何人かは携帯電話を持ってはいたけれど、僕が自分の少ない小遣いで買える訳はなかったし、もちろん親に買って欲しいとねだる事なんて出来るはずもなかった。

くだらないなと思いつつも好きで新刊が出れば買っている漫画の一幕。17歳の主人公が海を眺めながら言う。「今年も彼女が出来なかった、17歳の夏は二度と来ないというのに」と言いながら彼は泣いた。突然その場面が思い浮かんで、確かにそうだと頷けるような気がした。恐らく、恋をしたかったのだ。それなのに17歳の僕はどこからも取り残されているような気がしたしどこにも行けない霧の中に迷い込んでいるみたいだった。

現実に家から海までは歩いてでも行けない距離ではなかった。多分1時間も歩けば辿り着けるのだ。しかし、その頃には夜は終わってしまうだろう。それから家に帰ったのでは通学の為に起きなければいけない時間になってしまう。確実に面倒が勃発するだろうし別に海を見たところで画期的な事が起こるわけでもない。日曜日に友人と集まって目的もなく渋谷に向かうようなものだ。それだって行ったところで街を散策して道を行き交う女の子を見ながら、なんとかかんとかと無意味な事を話し合うだけだ。全くの無駄な行為である事は分かっていても金もない僕達に出来る事はそれくらいのものだし。そこから何かが始まるわけもない事が分かっていたとしても若者の行動を止める事は出来ない。

ああ、大海よ。小さな僕の部屋がどこへも導いてくれないのなら、僕の心を連れ去ってはくれないだろうか。夜がどこへも運んでくれないのなら、あなたがここじゃないどこかへ運んではくれないだろうか。ださいけど心の詩を読む。退廃的な着想に憧れを持つのだ。

海に性別は勿論ないが、どちらかといえば女性的なように思う。特に朝方の太陽が染み込んで水面が輝く風景はまるで世界のどこを探しても他の誰でもないような美しさで輝く彼女のようだ。恋とはすなわち海なのだ。そうだ、そうに違いない。海に行ってその彼女がそこに座り込んでいる事は絶対にないが、彼女は海なのだから万一という事もある。

代名詞は時々具体性を持つ。実際に具体的に彼女が存在しているわけじゃなくても、彼女は確かに心の中にいるはずなのだ。三上の住む1号棟からもう戻って4号棟の駐輪場で自転車を引っ張り出して行こう。それによって問題が起きても構うものか。親なんて怒らせておけばよい。学校になんて行かなくても構わない。いや、むしろ退学にしてくれ。短いけれど歩いてきた道を高らかに駆けながら栄光の妄想は影もなく飛躍していた。

夜が一番深くなる時間は大体いつもこのくらいの時間なのだ。

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