5話

夕食の事を考えている。やよい軒の鯖の味噌煮定食、いや、もうやんカレーも良い。蒙古タンメン中本やラーメン武蔵が頭を過るけれど、ラーメンは自分で禁止しているので除外されざるを得ない。大体昼食を終えて15時頃から夕食の事を考えながら仕事をする。あまり具体的になり過ぎないで多少漠然としていた方が良い。うっそうとした霧の中から段々と姿を表すように今夜の夕食のメニューは姿を表す。大体その頃になると退社の時間も近づいてくるので、矢も盾も止まらず夕食へと向かう。だから、私の夕食の時間は早くて大抵19:00前には食事を終える。

でも、今夜は違う。友達と会う予定があるのだ。明日は土曜日だからさ。少し遅くなっても兵器だろ?と彼はLINEで言っていた。なんで突然?何かあったのかな。相談事だとしても、お酒はあんまり飲みたくない。最近、少し胃が痛むし。

退社。朝の寒さとはまた違う寒風が身を刺す、日暮れ後の新宿都庁前。風が吹き抜けるように通りを覆うのは変わらないけど、心なしか行き交う人たちの視線が若干上向きになっている気がする。それに気づくという事は私の視線もやや上向きなのだろう。

待ち合わせ場所は新宿西口のヨドバシカメラの1階に入っている喫茶店に指定された。ずっと会ってなかったのになんで会うんだろう。何かの勧誘だったら嫌だな。そうしたら用事が急に入った振りをして席を立とう。ぼんやり考えながら歩いていたら職場から西口までは直ぐだ。多分、心なしか早足だったのだろう、待ち合わせより早めに目的の場所に着いてしまった。店の外に立っているのは寒いから先に店に入って待っていようか。いや、それもなんとなくちょっと違う気もする。街灯が日毎に減っていっているから、まだ夜も浅いというのに西口は随分と暗い。その中を人間が颯爽と歩いている。ひとりやふたりじゃなくて数えきれないくらいの人が。性別は分かるけど顔は暗くてよく見えないし、なんだか夢の中の情景みたいだ。あるいは映画のワンシーン。それだったらハッピーかアンハッピーか言うならアンハッピーよりだろう。でも、なんとなく儚さみたいなものも感じる。私もそのひとりなのだ。

後ろから肩を叩かれた。三上だった。
「久しぶりだね」と彼は笑う。
私も多分笑顔を作れたと思う。「元気だった?」
「まあ、座ろうよ。ていうかなんで外にいるの?」
「え、なんか街が見たくて。」
「変わらないなあ」と言って彼は笑った。

珈琲の味は大人になってもよく分からない。値段が高かろうが安かろうが専門店だろうがチェーン店だろうが、大体同じように思う。と言った私を彼は「馬鹿舌だな」と小馬鹿にしたようにして笑った。でも、それが嫌な感じじゃなかったから少し緊張が解れたような気がした。

「今日はどうしたの?」
彼の表情に少し緊張が走ったのが分かった。
「何?なんか変な事だったら嫌だよ。お金も私、ないからね。」
「いや、お金とかじゃなくてさ。なんていえばいいのかな。」

数分?数秒だったのかも。沈黙が走る。

「海に行かない?」と彼は言った。

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