8話

車を降りたら見たことのある人がいた。そしてそれは知っている人だった。びっくりしたし戸惑ったけど、その瞬間に人生の線が一本繋がったような気がした。とか偶然の再会によって唐突な人生の転機が訪れた。そういう事では勿論なかった。これは三上の策略かとも思ったけれど、どうもそういう事でもないらしい。彼の表情にも驚きが浮かんだ事を感じられたし、そんなに巧妙な何かを出来る程の人物でもない。

「久しぶりだね」とか会話の口火を誰が切るわけでもなく偶然に再会した私と彼は三上を真ん中に挟んでぽつぽつと昔話を重ねた。海というには狭すぎるし、それに明かりもないので暗すぎるから相手の表情もよく分からない。それなのに彼が彼である事だけは暗がりの中でも認識できた。「あの人ってさ!」と発見したのも私だ。どうしてか分かった。

三上と付き合っていた頃に彼の家にたまに遊びに来ていた人。もしかしたら私の事を好きなのかなと思った事もあったが、それは自意識過剰な恋に恋する私の勘違いなのだったのだろうし、やはりどうもそうでもないようで三上と別れた後は当然会う事もなかったけど勘違いの元になるような瞬間があった。それでもいつも斜に構えて寡黙な感じの彼は私の心に触れてくる事はなかった。もしかしたら私だって三上じゃなくて誰でも良かったのかもしれないし、何か特別な事みたいな事が起こるのを期待していた。

どうしてそんなに憂いているような表情をしているのかと聞いた事があったのだけど、その時の彼の回答は若者らしからぬ違和感のある返答だった。「僕はどこからも取り残されているのだ。」というような事を言っていたけれど、それが母性をくすぐったという事はないし、変な人だなあと思った。でも、自分自身の為にも、もう少し気の利いた事が言えたら良かったのかもしれないなとも思った事を覚えている。

現実に戻らねばね。
「久しぶりだね、ていうかこんなところで何してるの?」と私は聞いた。「いや、別に。なんか海が見たくて」と彼は答えた。「海っていうか。港だし。あ、ねえ。今ってどんな仕事してるの?突然でびっくりだよ!」と気を利かせて会話を進めようとした彼に反応はなかった。

なんで無視?
「ていうかさ。寒くない?折角会えたんだしどこかでご飯でも食べようよ。」「そうだね。」と彼は言ったが動き出そうとはしない。三上を横目で見てみるが彼も反応を示さない。一体この状況はなんなのだろうか。旧友と再会してまだ10分も経っていない。もう行こうよ。というのには性急過ぎるし、なんだかよく分からない。夜が深い。



一体こんなタイミングでどうして会ってしまったのだろうか。夕方位に三上からLINEが久しぶりに来た。今夜何してる?って連絡が来たものだから別に何もしていない。海を見に行こうと思っている。そう答えたくらいで。彼が彼女と今夜待ち合わせている流れで折角だから3人での再会の段取りを付けるとか気の利いた事を考えるわけもないし。こういう時間は苦手だから、早く帰りたいというかひとりになりたい。この状況を切り上げる為の有効な方法を考えてみたがうまく浮かばない。思いついたとして、どれも不自然な気がする。しかし、こんな事を続けている訳にもいかないし、「あ、じゃあ俺、そろそろ」と言った。

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