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三軒茶屋

写真は三軒茶屋駅前の交差点。特に思い入れがあって撮った訳でもなくて。この前、都立大で練習があった時に自転車で通った時に撮ってみたものだ。

少し不思議に思った事があって。東京には何百回降りたか分からない駅もあれば数回しか降り立った事のない駅もある。駅の規模の大小とは別に縁のようなものが街と僕にも存在するのかな。なんて思う。

数回しか降りた事のない駅でも印象深い出来事があったりする。結構前の事でも覚えてる事もある。忘れてしまった事も多いと思うのだけど、覚えてる事を文章に残したくて、この物語を書き出してみようと思う。終着点は決めてない。街から街へ。思い出から思い出へ。文章の旅のような事をしてみたい。

全くの雑文になるかもしれないし、点と点が繋がって予知していないような展開になるかもしれない。それは分からない。最初から考えていても仕方がないと思う。悩む前に飛べ。だ。

とにかく書き出してみようと思う。
書き始めは自分にとって普段は思い出さないような印象の薄い三軒茶屋から始める。

この街には余り縁がない。
今までで5回くらいしか降りた事ないんじゃないかな。駅の構造も良く分からないし、それに無意識的に田園都市線は得意じゃない。まあ、得意じゃない中でも三軒茶屋駅は好きになれるような気がするんだけど。なかなか絡まり合う機会はない。

三軒茶屋を思った時にふと思い出す夜がある。あれは何年前の事だろう。
10年は経ったと思うけど、正確な年号は分からないし調べようとも思わない。

下北沢から三軒茶屋まで僕は女の子と歩いてた。その子はその日初めて会った子で友達の特殊な友達だった。その友達とその子と3人で飲んで友達は用があるからと言って多分先に席を立った。残された僕達は終電が終わるまで飲んだ。多分。そしてもう少し飲もうという事で下北沢から三軒茶屋まで歩いてた。その頃、界隈にラブホテルは数える程しかなくて。僕は殆ど童貞のようなものだったけど、茶沢通り沿いにラブホテルがあったような気がして、この道を歩いて行こうよ。などと言ったのだと思う。下心しかなかったけど、多分少し彼女の事を好きになってたのだとも思う。

会話が弾んだとも思えない。
ただ20代前半は夜に特別な事が起きる可能性が沢山あると無条件に信じていた。その夜は確か夏の夜で蒸し暑い下北沢の街をだらしない格好で僕は過ごしていた。

うっすらとしか覚えてない事が多い。顔も今では漠然としか分からないし、名前もなんとなくしか分からない。友達は国立大学を卒業していて彼女は同級生だったと言ってたから多分彼女も同じ大学だったのだろう。なんとなく帰国子女だったと言っていたかもしれない。家族で頻繁に外国に行くと言ってたような気もするし。

全ては漠然とした記憶だけど。
なんとなく彼女の外見のフォルムは覚えてる。

茶沢通りをこれから何が起こるんだろうと期待して歩いていた時にどこかへ行ったはずの友達から連絡が入った。下北沢に戻っておいでよ。って。僕は三軒茶屋の交差点に辿り着く事はなく来た道を戻った。

その頃、溜まり場みたいになっていた下北沢の駅近くのアパートで飲み直す事になった。どうしてかは今、思い出せないんだけど、その時にそこに住んでるはずの人はいなく。それなのに僕達は勝手に上り込む事ができた。いや、もしかしたら酔っ払った僕達に嫌気が差して放置して出て行ったのかもしれない。

深夜を回って、いい加減に眠くなって僕達は床に転がって雑魚寝をした。少し時間が経って友達と彼女が密接に重なり合ってる様子が音や声で分かった。僕は童貞のようなものだったからそれが凄くショックだった。少しの好意を持っていたからかもしれない。悲しくて悔しくて僕は言った。何故だか、その瞬間の事は結構明確に覚えてる。

「俺、もう帰るから。」
終電もないし金もなかった。
けれど、そんな事は関係なくて、とにかくそこにいたくなかって。普段余り怒る事のない僕だけど、そこには激情みたいなものがあった。

友達は僕に謝った。
彼女は自分が最低だ。と言って泣いた。
僕はそれ以上感情を発散させる術を持っていなかったから、分かった。と言って収まった。

何が分かったのか。
何が伝えたかったのか。
言葉にする事はなかった。
そのうちに朝が来るだろう事は分かっていたけど、電灯の消された部屋はまだ暗く。その中には微妙な気遣いの嵐が渦を巻いていた。

彼女が欲しかったのか。
自分が敗北したのが悲しかったのか。
それは分からないけど。
夜の中でじっと息を潜めながら、あの時、茶沢通りで僕が違った言葉を言ってたなら今は違ったのかな。みたいな事を思ってた。

なんだかよく分からない涙が頬を濡らして。
僕達は静かに朝を待って、それぞれの明日に備え始めてたんだ。


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