6話

昔話をにやにやしながら彼は訥々と投げかけてくる。沈黙は嫌だから相槌を打ち続けたけど、本当はもっと楽しい話がしたい。しかし、それがどんな話題なのかは分からない。でも、探せばあるはずだ。だって私達は海に向かっているのだから。

深夜の高速道路なんて久しぶりだ。このまま朝方まで起きていたら、水平線の向こうから朝焼けの直前の藍色が迫ってくる感じを眺められるかなって想像した。そうだ、そんなような話がしたいのだ。どこの海に向かっているのか聞いてはいないけど、それが似合う景観だったら良い。真冬は空気が澄んでいるからきっと綺麗に映るはずだ。

どうして彼が海に行こうって言い出したのかは分からない。暴力的な人ではないし、むしろ穏やかで人を肉体的に傷つける事なんて出来そうにない人だからその点は大丈夫だと思うけど、久しぶりに会ったら顎髭なんて生やしているし、人は変わるものだから、もしかしたら。とも思ったけど、それでも、まあ大丈夫だろうと思う。

車は首都高をを品川の方に向かっているようだ。お台場にでも行くつもりなのだろう。そういえば高校を出た直ぐくらいの頃にその辺りで働いていた事があった。当時流行っていたケーキとパンの中間くらいのものを売る店で、私はその行列の整理を派遣のアルバイトとしてやっていた。どうしてこんなものに行列が出来るのか疑問だったけど、テレビで取り上げられたからという事だった。あの頃はまだ多くの人がテレビを見ていた。今では誰も見ない。と私は思う。

近頃は何か特別な事が起こって、自分の人生が全然違う方向に向かうなんて事は想像する事もなくなった。だから三上が私に長年の思いを経て愛の告白をする事なんてないだろうし、そもそも友達としか思っていないから受け止める事は出来ないし。車が横転して人生を終えてしまう事もないだろう。彼は比較的安全に運転しているし、大体この時間には渋滞どころか車はまばらで少し怖いくらいだ。夜を切り裂いて。深夜高速。と昔好きだった歌を心の中で歌った。

もう少しで日付を跨ぐ頃だ。品川埠頭への案内板が視界に入った。

「昔さ。そう。あいつの事なんだけど、覚えてる?」と彼は私に聞いた。視線は真っ直ぐに道路を見ているが恐らく私に話しかけたのだろう。
数分間会話が途切れていたからぼぉっとしていた私は我に返った。彼は街灯の光が地面に反射して目に刺さるからかたまに瞬きをしている。

「ん?誰のこと?」と私は聞いた。
「ああ、あのさ。」
「同じマンションに住んでた。ほら」
彼の言っている人物が誰なのかは分かったが私は曖昧にお茶を濁した。
「ああ、覚えてるよ」
「うん、あいつなんだけどさ。実はさ」
「何?」「まあ、いいや。後でまた話すよ。」
「気になるじゃん。何よ?」
彼は数回首を動かして、無言でそれに答えた。
まあ、別にいいか。別に私だってその話を掘り下げたいわけじゃない。

「ところでさ。最近どうなの?」
「どうって。何が?」「別に。ほら、仕事とか。」「ああ、別に変わらないよ」

深夜の首都高は緩やかに私達を海へと運ぶ。
あと、数分で今日がまた終わっていく。

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