4話

新宿駅の西口は再開発が進んでいて
街灯が少なくなっていて
この感じってなにかに似ているなと思った。

風が冷たい。マフラーを持ってきていないから。寒さから気を逸したい。この感じって夏祭りの時に境内に向かって歩いていた時の感じに似ているんだ。提灯に灯された微妙な光だけを頼りに多くの人が歩いていて。右手に屋台で釣ったオレンジ色の金魚を揺らしている女の子がいたり。制服を着てふたりで歩いている男の子と女の子。私はひとりで歩いていて、どこか寂しいけど、別にいいんだって思う感じ。これが最後の地元の夏祭りだったとしても気を逸したかった。

前は西口から都庁に向かう地下歩道を進んでいくと熱帯魚の水槽がぽつんとひとつだけ飾られていた。その通路の両脇を前の知事が凹凸物で専有される仕様にした時に水槽も運ばれていったのだろう。今ではもうない。殺菌されたような感じで嫌だった。白と黒で塗り固められていて、古いデザインの宇宙船みたいだし。

変わってしまうなんて嫌だなって思う。ずっと変わらないでいられるなんて出来ないのは分かるけど、初めて東京に来た時に迷いながら地下から地上に出て全面に広がった西口の感じが私は好きだった。この街から何かが始まるんだって思った。


西口から都庁方面に歩いてB2の出口から地上に出て少し歩くと新宿警察署がある。建物に向かって右手に行くと青梅街道にぶつかる。新宿を背にして左方向に向かえば私の職場がある。こつこつと短くない期間をそこで過ごしてきた。誰でも出来るといえば誰にでも出来るけど、私にしか出来ないといえば私に出来ない地味な仕事。給料は安くはないけど決して高くもない。その仕事に決めた理由は友達の紹介だったからだけど、ずっと前に彼女は退職してしまったし、今では東京を出てどこか住みよい街で暮らしているとか。どこだったっけな。長野とか富山とか、そんな感じだったと思う。連絡を友達と取り合うツールがメールからLINEになった頃から彼女の連絡先も分からなくなった。きっと元気で暮らしている。

彼女は小学校の同級生だった。私達は昔、ゲームを考えるのが得意だった。物を使わないで会話だけで進められるゲームを作り出して学校からの帰り道、それで遊んだ。彼女はもう眼鏡を掛けていて、髪がとても綺麗だった。お化粧とか男の子とか。そういうのに焦がれる少し前。そういえばふたりで夏祭りに行った事もあった。


東京の冬は刺すように冷たいから、出来れば地上に出ずにギリギリまで地下通路で少しでも職場の近くまで行きたい。実はこのルートは少し遠回りになるんだけど、寒いよりは良い。真っ赤な傘を持ってきた。今夜は雨になるかもしれないって聞いたから。今日は金曜日だから明日は土曜日、おやすみだ。特別な事なんて何も待っていないから表情に出せるのはいつもと変わらない通勤途中の顔面模様。だけど、少しだけ胸を高鳴らせてみたい。何かないかなっていつも思っているうちに職場に着く。物事を考えるのは良い。時間が早く進むし。こんな世界なんて。って思いたいけど私は他の世界を知らないから離脱して行ける場所がある訳でもない。白いピンヒール。尖った部分で柔らかいものだったら底まで貫けそうだ。あかぎれの出来た手は仕事柄仕方がない。私は掃除をしている。散らかったものを右から左にかき集めて捨てる。だから、頭の中だって整理整頓をしていないといけない。ぼやっと考えていることはすぐに忘れてしまう。

都庁の辺りは風が強い。
風の通り道を歩いている。

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