10話

ふたりは早足で歩く私にだらだらついてきた。子供みたいだ。決して可愛くはないが。もう終電の時間も過ぎた。彼はどうやって帰るつもりなのだろうか。私達と同乗して?それを拒否する権利は三上の車なわけだから私にはないけど出来ればそれは避けたい。

10代の頃、3人で防波堤に行った時の事は忘れていた。咄嗟に蘇った記憶を折角だから胸に留めながら明かりの乏しい埋立地を再開発した微妙な景観の港を進んだ。あの頃は成長したらもっと自由になれるんだろうなって漠然と思ってた。自由というか、好き勝手に生きられるんだろうなって思っていた。今、自分の働いたお金で生活しているのだし、好き勝手に生きていると言えるかもしれない。でも、私は寂しい。あの頃に描いていた自由の先には寂しさが好意的な影として潜んでいたけれど、それは一向に構わなかったし、そういう生き方の方が望ましいと思えていた。

何度か後ろを振り返ってみたけれど、彼等は等間隔に距離を開けながら会話もなく私の後ろを付いてくる。犬みたいだ。と今度は思った。やはり可愛くはないが。

「もうさ、朝まで歩いちゃおうか」と唐突に三上が言った。全く空気の読めていない発言に私は戦慄した。「は?」と私が言う前に彼が食い気味に「それもいいかもしれないな」と言った。「え?」と声に出したけれど、有り得なさすぎて音声として鳴らなかったかもしれない。

「ていうかさ。やっぱりさ。こういう事ってこれからあるかも分からないしさ。もう会えないかもしれないわけじゃん。いや、もちろん会いたくないとかじゃなくてさ。ほら、なんかこの3人って特別だからさ。なんかこういうのいいなって思って。ほら、ちょっと歩けばコンビニとかもあると思うし、なんか暖かいものでも買ってさ。ちょっと座ろうよ」

「なんか」が語彙に多過ぎる。いや、それ以前にそういう事じゃなくて。
後ろを振り向いて「いや、もう帰ろうよ」って言おうと思った。それなのに。

「そうだな、そうしようか」と彼は言った。
「え?」いやいや、あんたもうさっきまで帰ろうとしてたじゃん。
「ちょっと待ってよ。朝までって?明日は土曜日だけど予定あるし。もう帰りたいんだけど」

当たり前だと思われる事を言う私をふたりが不思議な人でも見るような目で眺めてくる。
え、なんで?「私、変な事、言ってる?」

港の先の方に弱々しい明かりを灯した商船が見える。少し前から、いや、港に着いた頃からそこそこ肌寒かったはずの風はあまり感じない。温かい飲み物を飲むのもいいなと思う。お酒は余り飲みたくない。全然飲みたくない。もうこれが最後だとしたなら聞きたかった事があるかもしれない。話したい事は別にないけど。港なら灯台があるはずだと思う。きっと深夜だから立ち入り禁止だと思うけど、もし出来るなら登ってみたい。東京湾の先にあるであろう赤道沿いの国々の事を考えた。週明けの仕事の事を考えた。疎遠になってしまった家族や友人の事を考えた。これから起こるだろう事、どのくらいまでどんな事が出来るのかなって考えた。過ぎ去っていった出来事を振り返った。もう不鮮明で思い出せない感情を慮った。子供の頃、人の気持ちが分かる優しい子だねって親に言われた。三上は忘れていると思うけれど、古代史のような遥か彼方。最後に会った時に君は自分勝手だから。って私に言った。私はひとりで泣いた事だってあった。手を伸ばす事も忘れて生活の中に蔓延した泥を拭ってきたのだ。だから、私はひとりでも大丈夫だって思っているはずだ。

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