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都庁前

19歳。アルバイトでお金を貯めて初めてフジロックフェスティバルに行った。といっても、それ以来行ってないから今のところ人生の中で最初で最期のフジロックフェスティバルだ。

フジロックで経験した事は大きかった。何が起こったか羅列したら別に大層な事ではない、どこにでも落ちてて誰からも聞けるような話ばかりかもしれないけど、学生時代のレールを逸脱して自分で選び取った日々。自分で掴み取った特殊な時間という意味で人生の指針みたいなものがくくっと音を立てて変わった気がした。

3日間、ひとりきりで行っていた僕は途中で2人組の女の子達と知り合った。そしてフェスティバルを終えて少し経った頃に僕はそのうちのひとりの女の子と寝た。

その夜は人生で初めての新宿の深い時間を過ごした日で、僕にとって初めて尽くしの一日になった。歌舞伎町を歩いたのも、その先を抜けてゴールデン街に行ったのも、外でウイスキーを飲んだのも全てが初めてだった。

当時の僕の目には新宿は物語の中みたいに見えたし、ゴールデン街は想像力の範疇を越えた世界だった。何が起こるか分からなかったし、何が起こっても不思議じゃない気がした。

その夜はゴールデン街の彼女の知人の家に泊まって翌日酷い二日酔いの中で新宿へと戻った。
二日酔いの治し方も対処の仕方も知らないし、何をしたら症状が悪化するのかも分からない中で日が暮れても酷い二日酔いは続いてた。

彼女は福岡に住んでると言ってたから、その日も東京に泊まる予定だった。彼女が普段何をして過ごしているのかも分からないし、教えてくれた名前も本当は違うかもしれない。

小説を書いてるんだ。と彼女は言ってた。
今度本が出るんだ。って言ってて。
僕は村上龍の限りなく透明に近いブルーを思った。というかリアルにその世界に近づいてた。もしかしたら彼女もそういうのが好きだったのかもしれない。お互いの指向性は一時の御伽噺のような空気を生み出した。シャーベッツの新譜をテープに録音したものを2人で聞いた。

シベリアという曲があって。
その曲がとてもその時間に似合っていた。

新宿駅からタクシーに乗って彼女のとまるホテルについて行った。今では歩き慣れた都庁の前も、新宿西口もやはり全てが僕には初めてだった。吐き気を堪えて車窓から見た新宿の景色を今でも覚えている。

UNIQLOのスウェットを着た僕はパークハイアットホテルのタクシー乗り場に降り立った。

彼女がチェックインした部屋は更に僕の想像力を越えた。風呂にテレビがあったし、新宿の夜景が一望出来た。吐き気は続いていたが、無理に煙草を吸った。その頃僕はマイルドセブンを吸ってた。今ではマイルドセブンという銘柄もなくなってしまった。くしゃくしゃに潰れたソフトケースをクローゼットの上に投げ捨てて、精一杯の虚勢でかっこつけてみた。

こんな事には慣れてるし、初めてではない。
そんな空気を纏いたかったけど、そんな訳はなく。体はガタガタと震えていた。

夜21時頃、彼女と寝た。
そして終電に乗って千葉に帰った。

翌日、彼女の書いた本を探しに本屋に行った。
濃いブルーの装丁なんだ。と言っていたから、新刊コーナーを中心に探し回った。

本は見つからなかった。
数週間後、シャーベッツのセカンドアルバムがテープに録音されたものが何枚かの便箋と共に包まれて彼女から送られてきた。

手紙の内容は覚えてないけど、あの頃、彼女は21歳で僕は19歳だったのは決して忘れない。

広大な世界に足を踏み入れて僕は怯えながらも世界に対応する最初の一歩を学んだ。

あれ以来彼女には会っていない。




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