2話

秘密基地を作ろうとして
夜中、家を飛び出した

公園には鯨の姿を模したアスレチックが置いてあって、その腹部を切り取るようにトンネルがあった。考えるべき事はいくらでもあるような気がして、その中に座り込んでみたけれど考えられる事なんて家族への不満と恋愛と友達の事くらいで。そんな事は大抵いつも考えている事だし今更改めなくてもいいような気がした。

例えば今が物語の冒頭部分で特別な時間に特別な場所で特別な自分が存在しているとしたなら、僕だけの方法で僕だけが知っている知識を振り絞る事で別世界の扉を開けられるはずなのに、具体的な方法を何も持ってはいなくて。日中に比べるとかなり冷え込みの激しい秋の終わりにぽつんと取り残されたように夜の中を心ばかりが彷徨っているような気がした。

ひとりでいる事は辛くはなかったけれど。
ひとりでいる事は出来ないのは知っていた。
いっそひとりになってしまえばいいのに。
ひとりでは何も出来ない事も知っていた。

財布すら持っていなくても、防寒への備えが十分でなくても心身共に大丈夫なのはせいぜい最初の30分くらいで現実が濃厚に空間を支配始めるから離そうとしても切り離す事は出来そうにないし、もやっとした葛藤の中でせめて全力疾走して誰かの視界から見えなくなっていく姿を想像して気持ちを慰めた。

僕の住んでいるマンションは4号棟だったけれど、向かい合わせに立っている1号棟に住んでいる三上という友人がいた。とろとろと石畳の歩道橋をつま先で蹴り飛ばしながら彼の住んでいる部屋でも眺めようと思って向かってみた。マンション群の中に一軒だけあるコンビニエンスストアが橋下から見えて煌々と照らされた照明の下で数人の若い男女が話し込んでいるのが見えた。もう午前3時だというのに自由でいいなと思った。僕だって内緒で忍び出たのだから境遇は遠く違いはないはずなのに、彼らとの距離はとても遠いような気がした。誰かと話したかったけどひとりなので仕方なく尾崎豊の15の夜を小声で歌った。

既に喫煙習慣に染まっていた。気温が下がると煙草が旨い。頭上に輝く数点の星空に向けて白煙を上げてみる。それは狼煙のようだけれど煙なので直ぐに消えてしまう。それが好きで何本かを立て続けに吸って少し咳をした。三上の部屋は明かりが消えていて、もう眠っているのだと思った。彼はサーフィンが趣味だったし、恋人もいた。密かに可愛いなと思っていた子だったから羨ましかったし、たまに彼の部屋に行くと彼女もいた。卒業も迫っていたし、進学しない事を決めていた僕には学生時代の終わりが迫っていた。就職をしない事を親や教師に告げると教師は訝しげな顔で僕を見たし、親は泣いた。ずっと自由を求めていたから正しい選択だと確信していたけれど、言い換えるならば勝手に生きたいっていうただそれだけの事だったのかもしれない。そういえば三上に卒業後の事を話すと彼は相槌を打って、プレイしているゲーム画面から目を離さなかった。そんなものなのかもしれないけれど、それでも友達だと思っていた。手を握り合って共に荒波に立ち向かえるような友人もそんな試練もなかったから、我々は緩慢な生活の中でゆるりと手を繋いでいたんだ。


夜が深まっても
ひとりでそこに立ち尽くしていた

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