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「あれ、この部屋乾燥してない?」
タツユキはドアを閉めるなり言って、リップクリームを壁に塗った。
いつもそう。切り出す話が重ければ重いほど、タツはふざけたような態度を取る。

「なにすんねん。後で拭いてや」
「ナニスンネン?なにそれ」
は?
「ユウコちゃんてば日本語下手だねえ」
イジりが雑すぎやろ。
「関西弁知らんのか?」
リップをアウターのポケットに突っ込んで、あたしの向かいの椅子に座る。ネックウォーマーを外す時に、センターで分けたタツの前髪が少し乱れた。少し白髪が出てきたか?
もう32やもんな。

「急に押しかけてきてどしたん、アンタ」

「俺さ、芸人なんのよね」


ーーーどうせそんなんや思たわ!
くちびるを噛み締めて、止まった呼吸を送り出す。

「会社は?」
「辞める。あのクールな竹内が『お前となら天下取れる』って言うのよ、まいっちゃうよね」
「メガバンやろ?親はなんて言うとるん?」
「言えるかい。」
悲しげに笑った。
「ゴロは?」
「ヤスの家族に面倒見てもらうよ。あいつも嫁さんも犬好きだからさ」
「お金は??」
「貯金が160万。」
そんなもんやろうな。
「奨学金残っとるやろ?」
「そんくらいのハンデがあった方が燃えるでしょ」
笑えへんて。
「養成所は?」
「ワタナベなら特待でタダだよ」
調子乗んな。
「家は?」
「竹内が荻窪で一人暮らしだからさ、そこに」
そっか。
聞くまでもない。
そうやんな。
しゃあない、聞いたかって。



「あたしは?」
聞いてしもた。


「ごめんな。」




笑かすなや。

女泣かせといて、何がお笑いや。


もうええわ。

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