NAIリークと「研究」

 NAIリークを改造する際に、「研究」という言葉を使用するべきではないと思います。なぜなら、研究には強い倫理感が求められるからです。科学技術振興機構は、研究者の倫理について以下のように述べています。「研究者一人ひとりは自らを厳しく律し、崇高な倫理観のもとに新たな知の創造や社会に有用な発明に取り組み、社会の期待にこたえていく必要があります」。つまり科学技術振興機構によれば、「研究」に携わるものは「崇高な倫理観」持ち、社会的規範に從って行動する必要があるのです。私は科学技術振興機構の研究者の倫理観に関する定義を、正当なものだと思います。
 だが、NAIリーク及びNAIリーク派生改造モデルの使用者は「崇高な倫理観」を持って「研究」に臨んでいるといえるでしょうか。いや、それは言えないでしょう。なぜなら、NAIリークは盗品であり、盗品であるモデルを改造することは「倫理」的には下劣な行為だからです。よって、NAIリークを改造する行為(追加学習、マージ)に、研究という言葉を使用するべきではありません。
 確かにNAIリーク改造者(Anything、abyssモデルの作成者)が一定の「成果」を残していることに疑いはありません。現実の二次元のみごとな融合は、AI独自の作風を確立した、ということも可能です。しかし、それは研究ではない。よく言って、探求や求道。本質的には、盗品の改造です。NAIリーク改造に対して「研究」という言葉を使って、何か高尚な行為を想起させるのは避けるべきです。なぜなら、NAIリーク改造者は全く「崇高な倫理観」を持っているわけではなく、逆に倫理的には下劣な輩であるからです。自身の「探求」を、研究という言葉を使って糊塗することに羞恥心をもって欲しいと思います。

(2023年1月15日)

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