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ゆるいブログ:著者の理解力に問題あり

タイトルにゆるいブログと書いているときは、主張というよりグチっぽい時があります。
今回はまさにグチです。

「ブッダという男」という書籍を読んでいて、第2章のレベルで、あれ?おかしいなあと違和感がありました。
著者さん、凄い碩学博識です。
普通の人では歯が立たないアビダルマという分野の書籍を読み込んで、自分の書籍を発刊するほどに学んでる。本当に凄い。
これはゆるがないです。

でも、おかしいんです。
知識の横展開、横連携をして、総合理解した上で物事を見て判断できていない、ように見える。
そして、この著者さん、仏教研究をしていながら全く仏教を信じていない、ように見える。
それどころか文章を読んでいて「お前ら、本当にこんなの信じてるの?俺、全然信じてないけどな(笑)」という感情を文章のあちこちから感じるんです。

最初は、学者として一歩引くスタンスがあるかもとか、学会の「掟」みたいのがあるかも、と思っていました。
でも、そうじゃない。
彼は知ってるだけ。
その知識は身についていないし、その知識をもとに世の中を見る術を全く得ていない。
そう確信しました。

技術職の人なら、わかるはず。
知識があって偉そうに主張するけど、知識があるだけで、その知見を活かして目の前の現象を理解できない、仕事に応用できないとすれば、そんな人に危なくて仕事をさせられないでしょう?
おそらく彼は、このパターンなんだ。

どうしますか?これ。
わかってる人間のセリフじゃないでしょう?
麻原彰晃なんて最終解脱者を自称してたけど、死刑になってるんだから、その時点で悪因悪業まみれで何もできていないことを証明してるわけで人格の完成どころの話ではないって、そんなのバカでもわかるじゃん。こんな簡単な事もわからんの?
ブッダの生まれ変わりを自称していた大川隆法なんて、ブッダは輪廻転生しなくなった存在という基礎知識すらないのだから、こちらも仏教的な人格完成どころの話じゃないでしょう。
原始仏教研究してて、そんな事も理解できてないの?本当に?って思うでしょう?

技術職でこのレベルで、もしボクの部署に来てこれだったら、ボクはブチ切れ案件です。
これじゃあ真っ当な学会の学者先生たちも、腹に据えかねるものがあると思うよ。

これはまだnoteに書いてない内容なのですけど、書籍の中で、なんで、こんな致命的な誤った理解をしてるんだろう?総合理解してれば、自分の言ってる事がおかしいって気づくはずなのに、という部分があるんです。
彼は凄くたくさん知ってるけど、知ってるだけで、知識の横展開、横連携、総合理解が本当にできてないんだなあって、このTwitterの発言ですごく理解できました。

書こうか書くまいか悩んでいたのですが、あと1本、その致命的な認識誤りについて指摘する文章を書くつもりです。
世の中の隅っこの方で書いておいて、縁あってそのnote読む人が、なるほどと理解して、誤った認識から戻って来てくれれば良いなあと思います。

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