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「次の方、どうぞ」(11) 燃費効率

「最近、力が入らないのです」
 見るからにやせこけた男が、大きなズタ袋―――最近はエコバックとかいうのか、ふくれあがった袋を肩にかけて、診察いすに腰かけた。座った勢いで、ぐおぉぉぉぉぉと腹が鳴った。大きな音だった。スズキが圧倒されて質問するきっかけを失うほどに。
 「いえ、食欲はあるのです。というより、食べても食べても腹が減ってしまって。あの・・・失礼してもよろしいでしょうか」
 スズキの返事も待たず、スズキの質問も聞かず、袋から出した食い物を、男は片っぱしから口に入れていった。バナナ、メロンパン、チョコレートドーナツ、ゆで卵、これをコーラで流し込む・・・欠食児童さながらの勢いで男が食い物をたいらげていくのを、スズキは呆然と眺めている。欠食児童―――今やこれも死語だが、あの時代の子どもらだって、もうちょっと落ち着いてモノを食べていたんじゃないだろうか。
診察室に食い物を持ち込み、食べる姿を見せる、これは摂食障害の一症状だろうとスズキは判断するが、どうも腑に落ちない。見ているだけで吐き気をもよおすほど食った後で、男の腹がまた、ぎゅるるるるっるっと鳴った。スズキは音の最後が「るっ」と跳ねたのを聞き逃さなかった。・・・なるほどね。
「少し、腹は落ち着きましたか、えー ホソダジュンイチさん」
男の手がゆで卵を口放り込み、次のシュークリームのパックに伸びるあいまをぬって、スズキは男の名を呼んだ。男は困ったように、また鳴った腹を左手でおさえ、この調子です、とつぶやいた。食べても食べても。
スズキは鷹揚にうなづくと、白いベッドを指差した。マユミが黒子のようにさりげなくズタ袋をホソダから受け取ると、横になるようにとうながした。げふうっと工場の排気騒音みたいなゲップが響く。間違いないな、とスズキは見当をつけ、ホソダの肩にさりげなく手をおくと、一瞬でホソダは気を失った。
「口、ふさいで」
のんびりしつつも的確にスズキは指示を出す。ゴム手袋をしたマユミの手がホソダの口をふさぐと、間髪入れずにスズキは左手で臍をふさいだ。それから右手をのばし、足の裏、土踏まずのあたりをぐっと押すと「がちゃ」「どん」「ぴ」といくつかの楽器を同時にめちゃくちゃに鳴らしたような奇怪な音がした。
「よし」臍から飛び出した動くものを、スズキの手のひらが押さえつけている。すかさずマユミはタッパーのふたを開けて待ちかまえた。息のあった、すばらしい流れ作業。
「冷凍しておいて。これが必要な人が、また来るでしょう。最近では珍しくなったから」
タッパーの中では小さな人形状の黒い物体が飛び跳ねていた。羽が生えた背中に木琴のような楽器と、小さな太鼓を背負い、ラッパと笛を首から下げている。タップダンス用のシューズを履いているらしく、跳ねるだけで十分にやかましい。
「まだ子どもだな。音の出し方がへたくそじゃなかったら、わからなかったかもしれん」
スズキはカルテにめんどくさそうにペンを走らせる。燃費効率低下、臍から腹の虫、除去、と。
これで少しは燃費もよくなるだろうか。もともと太れない体質に見えるホソダを眺め、怪しいな、とスズキは苦笑する。
「次の方、どうぞ」

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