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ふたりで、海を

              
 海を見に行こう、と言ったのはハルキからだった。
「メシ、どうする?」
 レンタルした車で運転しながら彼が尋ねる。
「ファミレスとかあればいいよな」
 ありきたりな答えしか返せない。本当はサンドイッチとおにぎりを作ってきていた。朝五時に米を研ぎ、サンドの具を作ったりする自分の顔はきっと気持ちが悪かっただろう。本当はおかずも作りたかったがやめた。力を入れすぎて引かれてしまったら困る。けれどせっかく持ってきた弁当のことさえハルキには言えない。両手で抱えているリュックサックですら、この場に不似合いな気がした。
「近づいてきたな」
 ハルキが笑いながら窓を開ける。クリーム色の彼の髪の毛が風になびく。潮の香りがした。ああ、やってきたのだ。気持ちいい、と叫ぶハルキを見て自然と笑みがこぼれた。
「間近で見ると汚ねえんだな」
 駐車場に車を停め、砂浜を歩く。確かに想像していたよりも、浜辺は破れたビニール袋や空き缶などが散乱している。遠目で見れば青いのに、天気が曇りになったせいもあるかもしれないが、近づいてみると海は茶色く濁っていた。浜辺もビンの破片が散乱している。裸足で歩けば間違いなく、怪我をするだろう。これなら近所にある川の方が澄んでいる。少し歩くと、石の階段があった。
「まぁ、こんなもんなのかな」
 ハルキは呟きなが腰を下ろした。レジャーシート、あるよ。リュックから取り出そうとすると、マメだなあ、とつぶやかれる。僕は肩からリュックサックを下ろし階段に置く。ジッパーを開け、レジャーシートをいちばん底に入れてしまっていたことに気がついた。入れっぱなしの教科書や大きめの弁当箱、二人分のお茶が入った水筒がひらいた口の部分から顔を出している。
「あれ、なんだよお前、弁当持ってきてんのかよ」
 ハルキが放った言葉に背中から冷たい汗が滲み出す。指先が震えた。何か言わなければならないはずなのに、何も思いつかない。
「だったら、俺もコンビニで何か買ってくれば良かった」
 ため息をつくとハルキはそれ以上何も言わない。ほっとした。腹減ったなあ、とつぶやく声に、一世一代の勇気を振り絞り、一緒に食べないか、と誘う。
「母さんが今日、作ってくれて」
 コウの母さんめっちゃ優しいな。その場しのぎでついた嘘をハルキは信じてくれた。彼は手を合わせるとレタス、マッシュポテトと生ハムに和風オニオンドレッシングをかけて挟んだサンドイッチに手をつけた。ハルキが大きな口を開けた瞬間、自分の体に小さな電気が走る。
「お前の母さん、俺の好物わかってんなあ」
 ハルキは、天才だ、優しい、と連呼しながら僕が作った弁当を食べた。僕は胸がいっぱいで、一つのおにぎりを半分しか食べられなかった。
「なんで、海に行こうなんて言ったんだよ」
 ずっと気になっていた疑問を投げかける。ハルキは食べる手を止めて、ああ、とつぶやいた。
「夢でさ、誰かと海にいるんだよ。でも誰だろう、って思ったら目が覚めちゃってな。でも起きて朝メシ食ってる時にさ、ああ、あれはコウとだったんだって思ったんだ」
 彼の何気ない言葉で一喜一憂する僕は、汚れた海と一緒だ。遠目からなら綺麗に見せられるのに、内は黒い感情が渦巻いて溢れそうだ。いいよな、こうして休日に友達とただ海に行くっていうのも。潮風に吹かれ、クリーム色の髪がなびく。ハルキの横顔を盗み見る。一緒にいるはずなのに僕の心は満たされない。汚れた海を眺め、そうだね、と僕は返した。


著者 夏野サカリ

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。辛いこともありますが、書き続けていけたらな、と思っています。

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