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#009 ガー

「最近、ガーって言うこと多いよね」と彼女が言う。

言語過敏の僕が、普段使用している言語に対して、その極端に画素数の低い表現が面白いのだそうだ。

確かに。ガーという言葉で表現しているときは、かなり画素数を落としているなと、言われて気づいた。


同時並行で仕事を進めている時、
一般的には、タスク管理という名のもとに効率的に仕事をこなすためのフローを考えると思われる。

だが、僕の場合は、それがあまりできない。
「効率的にこなす」というプログラムが僕の脳OSには組み込まれていないみたい。

だけれども、僕の脳はときどき、時間のものさしが消える。
時間という概念は認知しているけれども、その存在が自分の中で消える。

そうすると、頭の中が曼荼羅になる。
マルチタスクとは、微分して見れば、高速演算処理されたシングルタスクの連続。
直線的に進んでおり、曼荼羅とはちょっと違う。

じゃあ曼荼羅ってなんだ?
言うなれば、釜爺だ。
頭の中が釜爺になっている。
たくさんの薬箱と、何本もの触手が頭の中にあって、なにやら同時に為されている感じ。

とはいえ、物理的に同時並行で複数の仕事をしているわけではない。あくまでシングルタスクの連続だ。

だけれども、その時は、「次に何をしよう」とかそういう思考処理をしていない。
直線的ではないのだ。
脳の中にやるべき仕事を放り込んで、その脳汁を俯瞰して眺め、掻き回すようなイメージ。

だから、それを説明する言語がない。
だから、極端に画質が落ちる。
ゆえに、「ガー」と発しているようだ。

解像度の低い現象を表現するガーを考察してみたら、ガーという言葉の解像度が上がった。


仕事の合間にこんな記事が脳から漏れ出したので綴っているこの瞬間もまた、
ガーである。


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