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プラズマ×農業=スーパー作物を作りたいわけではありません

今さらですが、名大研究フロントラインは、地下鉄名古屋大学駅を降りてすぐのNational Innovation Complexナショナル・イノベーション・コンプレックス(通称NICニック館)の3階から発信しています。

実はそのすぐ上の4階は、専用カードキーがないと入れないエリア。先日、ついにそこに入る日がやってきました!

名古屋大学低温プラズマ科学研究センターです。

ドアの向こうは約2000m²の広大な研究スペース。間仕切り壁がほとんどない空間に、実験装置がずらりと並びます。

名大が誇るプラズマ研究の長い歴史の延長にある当センター。どうやら今、農業にプラズマを応用する研究が行われているようです。センターの研究者にインタビューしました。

インタビューのダイジェストをポッドキャストでお伝えしています↓


「高温プラズマ」から始まった?

低温プラズマ科学研究センターが発足したのは2019年。最近のように聞こえますが、実は名大のプラズマ研究は60年以上の歴史があります。今は「低温」を謳っていますが、60年前は高温プラズマに重点を置いていたそうです。背景にあったのは、核融合研究の高まりでした。

「核融合ができれば『地上で太陽ができる、未来のエネルギーだ!』という時代背景で、1961年、名古屋大学プラズマ研究所ができたんです。高温のプラズマを発生できると核融合しやすいんですね。」

そこで、世界でも早い時期に、プラズマの「発生装置」とプラズマがどのようにできるかを調べる「計測装置」が開発され、現在の名大のプラズマ研究の強みとなった──当センター研究者の石川健治いしかわけんじさんは話します。

石川健治いしかわけんじさん
(低温プラズマ科学研究センター/工学研究科 教授)

その後、プラズマを現代社会になくてはならないものにしたのが半導体です。プラズマを使った半導体加工は80年代に始まり、90年代以降の情報社会の発展に大きく貢献しました。

「半導体チップに集積されるトランジスタはナノメートルサイズで、水素原子が数十個ほどのスケール感です。車のように大きなものならドリルや金型で加工できますが、原子サイズのものは原子じゃないと加工できない。だから原子になるプラズマが『道具』として使われるようになったんです。」

「低温プラズマ」への転換

次の転機が訪れたのが2010年ころ。それまで真空下でしか扱えなかったプラズマを、大気圧下で扱えるようになり、常温常圧プラズマ(低温プラズマ)の実用化が現実的になりました。

「大気圧下でプラズマを発生させると、雷みたいにバリバリ鳴ってしまいます。これを回避する防御壁的なものが開発されて、ボーッとつくようになったんです。」

低温プラズマ発生装置
ジーっという音と共に低温プラズマが発生しています

その結果、プラズマを半導体以外の分野に応用しようという動きが活発になってきました。その一つが農業です。

例えば、石川さんたち研究グループが最近着目したのは、水耕栽培で栽培溶液に菌が発生しやすいという課題。低温プラズマを栽培溶液に照射し、農薬を使わずに殺菌することに成功しました。

イネの苗に低温プラズマを照射すると収量が増えることも、同センターから報告されています。

この他にも、プラズマを照射することで、作物に含まれるポリフェノールなどの機能性成分が増える効果も確認しているそうです。

何ができる?どこを目指す?

「スーパー作物を作ろうとしているわけではありません。生物がもともと持っている機能を高めてあげる『信号』を送るイメージです。」

ただ、その「信号」となるプラズマ照射の塩梅はまだまだ手探り状態だといいます。作物なら成長してくれたら嬉しいし、毒性のある菌なら死滅できれば嬉しい…。失敗を繰り返しながらも、人間にとってメリットになるプラズマ照射の条件を模索しています。

こういった研究課題を背景に、低温プラズマ科学研究センターでは、バイオ系の実験エリアも整備されています。

大腸菌を使った実験などが許可されているP2実験室
広い研究スペース内の隔離されたエリアにあります

「手探り状態からの脱却を目指して、『デジタルラボシステム』っていうプロジェクトにも注力しているんですよ。」

当センターでバイオや医療分野を担当する田中宏昌たなかひろまささんは、低温プラズマのデータベース化の構想について話します。

田中宏昌たなかひろまささん(低温プラズマ科学研究センター/工学研究科 教授)
低温プラズマ研究では、バイオや医療分野を担当。特に、低温プラズマががん細胞を殺傷する効果を中心に研究しています。

一つひとつの植物について、どのくらいの強さのプラズマがいいのか、どのくらいの時間照射させるといいのか、どのくらい離して照射するといいのか…、今地道に検証しているデータを蓄積し、いずれはデータライブラリを構築できれば、世界中の研究者がその情報をもとに研究し、イノベーションが起こる可能性があるといいます。

「今はまだかなり未開拓な状態で、草分け的なところをやっている感じです。いずれ、バイオ系ラボにプラズマ装置が当たり前な未来が来るといいですけどね。」

実験室から現場へ、社会へ

ところで、プラズマが生物に作用するのは、照射する「瞬間」。農業に実用していくには、農地でプラズマを発生し照射するしくみが必要です。そこで石川さんや田中さんたち研究者は、太陽電池でプラズマ発生装置を駆動して、農薬も化学肥料も使わない野菜を作るといった構図を既に描いているようです。低温プラズマを活用した傷の治療や土壌の改善など、医療や環境分野においても新しいチャレンジを続けているといいます。

プラズマという響きは少しかっこよすぎて、何となくとっつきにくさを感じていましたが、石川さんも田中さんもプラズマ愛に溢れているし、センターを上げて「プラズマソサエティ」という誰でもウェルカムなコミュニティづくりにも取り組んでいます。私たちも歩み寄ることで豊かな未来へのアイディアが生まれてくるのかもしれません。

石川さん、田中さんの授業を受けたい!みなさんへ
工学部 電気電子情報システム専攻の『電磁気学』や『誘電体工学』の講義は石川さんが担当しています。大学院工学研究科 電子工学専攻の『プラズマプロセスセミナー』と『ナノプロセスセミナー』は石川さんと田中さんを含む講師陣が担当しています。

インタビュー・文:丸山恵

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