見出し画像

子育てしながら研究したかったら、名大おいでよ!

「癒やされてきました!」といって、実験室に案内してくれたのは、石川由希いしかわゆきさん(理学研究科 講師)。大学構内にあるこすもす保育園に8ヶ月の子を預け、ちょうどお昼の授乳から帰ってきたところでした。

石川由希いしかわゆきさん(理学研究科 講師)

「もう少し子どもが大きくなったら、子どもをもっとラボに連れてこようと思ってるんですよ〜。ボスや先輩たちもそうしてたので。」

特任助教として名古屋大学に赴任したのは2013年。当時、フトアゴヒゲトカゲを飼っていた石川さんは、「トカゲのおねえちゃん」「ユキちゃん」として、上司の上川内かみこうちあづさ教授や研究スタッフの子どもたちとよく交流していました。この交流が、今の研究人生を形づくっています。

進化への興味からハエ研究者に

石川さんの研究対象は、トカゲではなくハエ。生物学の分野で、研究ツールがよく整備されている「モデル生物」であるキイロショウジョウバエとその近縁種を使って、生物の行動の進化について研究しています。

案内してくれた実験室には、ハエを飼育するボトルがずらり。
エサの酵母(イースト)で独特の匂いが漂う空間。

最近新たに、まだそれほど注目されていないカザリショウジョウバエの研究を始めました。

「学会で沖縄に行った時、ハエの研究で有名な先生が、『カザリショウジョウバエのサンプリングに行くけど、行く?』と誘ってくれて。それでアサガオの中ではねをフリフリしてダンスするカザリショウジョウバエに出会ったんですよ。」

アサガオの中でダンスするカザリショウジョウバエ
はねをフリフリするのは求愛ダンス

「わぁ!かわいい!これは研究したい!って一瞬で心が決まりました。」

ただ、石川さんは虫ガールでも爬虫類ガールでもなく、もともとの興味は生物の「進化」。大学時代に、生物の「行動」に視野が広がり、大学院ではシロアリの知られざる行動を研究しました(なんとシロアリにはカーストがあるとか…!)。

シロアリ研究に打ち込んだ大学院時代。屋久島にて、研究室メンバーとフィールド調査の様子。
左から石川さん、石川さんと双子の石川麻乃いしかわあさのさん(現・東京大学大学院 新領域創成科学研究科)、後藤寛貴ごとうひろきさん(現・静岡大学 理学部)。

シロアリの研究は楽しかった一方、生物の「進化」や「行動」の神経機構に迫るには、研究ツールが既に揃う「モデル生物」を対象にした方がいいのではないか…。悩んだ末、ポスドク以降の研究は、ショウジョウバエに転向することを決意しました。

「ショウジョウバエにはいろいろな種類がいて、当たり前ですが異性への好みは『同種であること』なんです。でも、フェロモンや求愛の歌など、異性に魅力をアピールするシグナルも、ハエの種類によってさまざまです。同じ種の異性が出すシグナルをどうやって感知するんだろう?、その背景にどんな脳の進化があるんだろう?そういう興味で研究をしています。」

推しのカザリショウジョウバエについては、異性ではなく、花への好みが面白いといいます。

「カザリショウジョウバエは花の中で交配して産卵し、幼虫は花を食べて育ちます。広い野外でどうやって花を認識して、花にたどり着くのか?そのためにどんな進化を遂げたのか?いろいろな疑問が浮かんできて尽きませんね!」

カザリショウジョウバエといえば Yuki Ishikawaユキ・イシカワ──石川さんのハエ愛たっぷりの話しぶりは、そんな将来を思わせます。

子育て中は、まとまった時間が取れない

順調に研究人生を歩むように見える石川さんも、出産後、研究のスピードが落ちているといいます。それでも研究を進められているのは、指導している学生たちが熱心に研究を進めてくれているから。
 
「学生さんが自分に代わって研究を続けてくれるのは本当にありがたいですね。もし、一人で研究しなくてはいけない立場だったらこうはいきません。子育て中は実験のまとまった時間が取れないし、なかなか研究が進まないんじゃないかな…。」
 
生き物を相手にする研究者の厳しい現実。出産や子育てのために、研究を一度ストップすることは考えなかったのでしょうか?
 
「それはなるべくしたくありませんでした。子育ても研究も両方楽しいですから。ただ、私はたまたま運良く両立できる立場だっただけで、ライフイベントのタイミングは自分で決められませんよね。ポスドクで出産された方々は、研究を進めるのがもっと大変だと聞いています。本当に尊敬します。どんな立場でも、子育てをしながら無理なく研究を続けられるようになって欲しいです。」

カギはロールモデルと大学の理解

石川さん自身が子育てと研究を両立できているのは、所属する上川内研究室の環境も大きいと言います。
 
「上川内さんや他のスタッフが、幼い子どもを抱えながら楽しそうに研究を続けていたので、『これならいけそうだな』って思っていました。やっぱり身近にそういう姿を見ていると自然と明るい未来が描けますよね。」
 
実は、名古屋大学構内の保育園や学童保育は、上川内教授を含む名大教員たちが声を上げたことで、実現しました。その保育園は今、おむつに名前を書いて持っていかなくてもいい「おむつのサブスクリプション」もあれば、重い布団を毎週末持ち運びしなくていい「お昼寝布団のレンタルサービス」もあるそう。費用は利用者負担でも、そういった小さなことが働く親を支えてくれる、石川さんはいいます。
 
「名大のサポート体制は本当に素晴らしいと思いますね。それに、先輩たちが声を上げて実現させてきた実績があるので、『私も何か不便なことあったら言ってみよう』って思えます。みんなで声を上げ続けて、もっと子育てしやすい環境で次の世代を迎えたいですね。こういう環境が他の大学にももっと広がっていけばいいなって思います。他の大学の偉い先生方は、ぜひ名大に見学しに来てほしいですね!」

”自分にしかできない研究”をしたい

サポート体制が整っているとはいえ、世話に追われる子育て中に、発想や創造性が問われる研究職を続けるのは容易ではなさそうです…。それでも石川さんがモチベーション高く挑み続けるその背景にあるのは、大学院時代に読んだ1冊の本。1960年代に出版されたシロアリ関連の書籍で、その一節に彼らのある面白い行動が記されていました。

「それそれ!それなんだよ!これから私がその機構を明らかにするから!と深く共感しました。放っておいたらいつか誰かがやるような研究じゃなくて、自分にしかできない研究がしたいですね。」

科学論文は、50年後も、100年後も、その先も残り続けます。自分が解き明かしたことが、未来の誰かにも届くと思うと、大きなロマンを感じると石川さんは語ります。

「自分が見つけた面白い生物の生き様と、その背景にある誰も知らないメカニズムを解き明かして、現代の人だけでなく、未来の人にも知ってほしい、面白がってほしいんです。」

そのために、学生や共同研究者からのサポートへの感謝を忘れず、積極的に仲間づくりをしていくのが石川流。近々開催される所属学会の大会では、子連れ歓迎のシンポジウムを企画しているそうです。提案したら賛同者がたくさんいたといいます。

「子どもがいるからシンポの企画は無理かなぁ…という空気を変えたくて。私も子どもを抱えて登壇する予定です。今から本当に楽しみで。こういう一人ひとりの小さな挑戦が積み重なって、子育ても研究も両方楽しめる未来になっていってほしいですね。」

研究者の子育てを取り巻く環境は、個人の状況や研究分野によっても異なります。ただ、石川さんがロールモデルに恵まれ「自分にもできる」と思えたことや、困ったら声を聞いてくれる環境に身を置いていることはただ単に幸運だったからでしょうか。それだけでないことは明確です。逆境を悲観するのではなく、じゃあ周りを見てみよう、ちょっと声を上げてみようという姿勢は、研究者に限らず、あらゆる職種の子育て世代が躍進していくために、必要な要素なのかもしれません。

インタビュー・文:丸山恵

◯関連リンク

いいなと思ったら応援しよう!