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68. この世界は間違った愛の結末!? 植物の繁殖干渉のはなし

日本のタンポポが外来種に置き換わってしまう…そんな話を耳にしたことはありませんか?これって外来種のタンポポが強いから?強いってどういうことでしょうか?

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実は、在来種が外来種の花粉を受け入れてしまい、子孫を残すのに失敗し、急速に衰退に追いやられてしまう──こんなストーリーを語ってくれたのは、植物研究者の西田佐知子にしださちこさん(環境学研究科准教授 )です。

西田佐知子准教授

「地球上にはいろんな生物がいろんなところにいますよね。でも、実は、近縁種のほとんどは、同じところに生息していないんですよ(西田さん)。」

例えば、春の短い間に現れるアゲハチョウ科の「ギフチョウ」と「ヒメギフチョウ」は本州の南と北に分かれて生息しているし、「オサムシ」という肉食の昆虫は種類によって生息する標高が違うそう。

なぜ?

これまでは、光や水、栄養などの資源をめぐる競争に勝ったものが生き延びる「資源競争説」が語られていました。近い仲間は同じ資源を奪い合うだろう、という前提です。しかし、これには決定的な論理的矛盾があります。

「一番近い仲間とは、同種だということです。まず同種内で資源競争が起こるはずです(西田さん)。」

考えてみてください。例えば食べ物が少なくなった時、「私は子孫を残さないから、あなたが子孫を残せるようにあなたにゆずります!」となるでしょうか?おそらく、まず同種内で食べ物の取り合い(資源競争)が起きます。同種内で争っている限り、他種を衰退に追いやってしまうほど自分が繁栄できるとは考えにくいのです。

この矛盾を説明できそうなのが、繁殖干渉です。

繁殖干渉とは、近い種の生物同士が交配してしまうこと。西田さんいわく「間違った愛」です。雌しべが他種の花粉を受け入れてしまう、メスが異種につきまとわれて同種と交尾できない、といった状況を指します。繁殖干渉の結果、子孫ができなかったり、できたとしてもうまく育たず子孫が減り、その種はあっという間に滅びてしまう…そんな結末が想定できます。ただし、資源競争が存在しないということでは決してありません。繁殖干渉は、似た者同士の生息域がスパッと別れる現状をうまく説明できるのです。

生物の生態現象のコンピューターシミュレーションでも、繁殖干渉の重要性は支持されているそうですが、リアルな植物で調べたいのが西田さん。名古屋大学東山キャンパスにある、名古屋大学博物館 野外観察園の研究ゾーンで実験しています↓。

野外観察園内に、研究ゾーンがあります

繁殖干渉が存在するとしても、今、世の中に見えているのはその結果です。研究ゾーンでは、繁殖干渉が”まさに起こっている世界”を擬似的につくっています。

例えば、吉野さん(下写真)が切り出してくれた「タムラソウ」。

吉野奈津子さん(技術職員)
野外観察園をまるごと管理する、植物栽培のスペシャリスト❀

自然界ではほとんど共存しない2種のタムラソウ「ナツノタムラソウ」と「アキノタムラソウ」、そしてそれらの雑種が同じエリアに咲いていました。

先に公開したものは、アキノタムラソウとナツノタムラソウを逆にお伝えしていました。お詫びして訂正いたします(2022/8/22 14:30更新)。

想定できるさまざまなパターンで人工受粉させた結果、雑種ができる=近縁種の花粉を受け入れてしまうことが判明。受け入れた方は残せる子孫の数が減り、衰退の一途をたどることになります。しかも、できた雑種は花粉が不完全で、子孫をほとんど残せないとのこと。まさに繁殖干渉が起こっている、その現場を再現していたのですね。

同じ研究ゾーン内では、資源競争についても調べ、繁殖干渉の結果と比べる栽培実験もしています。

井上隼佑しゅんすけさん(理学部地球惑星科学科4年)
”ひっつき虫”として知られる「センダングサ」の近縁種を同じポットで育て、成長に違いがあるかを丁寧に観察&記録中

ところで、「繁殖干渉が生き物の分布を決める鍵なのではないか」との考えを唱えたのは、西田隆義にしだたかよし氏(滋賀県立大学の名誉教授で、西田准教授の夫)。長年昆虫の研究をしてきた隆義氏が、ある日の入浴中にひらめいたのだそうです。

それから約20年間、昆虫や植物、その他動物を専門とする研究者が、それぞれの分野の繁殖干渉を調べてきているとのこと。西田さんは「植物担当」ということですね。

ちなみに、西田さんが植物研究に目覚めたのは、新卒で入ったNHKのディレクター時代。大阪で開催された花の万博にまつわる番組作りで、植物がしたたかに進化を遂げてきた姿に衝撃を覚えたといいます。それを「伝える」報道より、「調べる」研究に魅了され、思い切って路線変更したそう。

そんな超研究者肌の西田さんたちが、唯一無二の研究を行う野外観察園。研究ゾーン以外は、誰でも入ることができます。季節の花々を楽しむのはもちろん、一昔前は瓦礫の山だったという奥のエリアがりっぱな森に再生している様子も、ぜひ見に足を運んでみてください。

(文:丸山恵)

◯関連リンク
西田佐知子研究室
名古屋大学博物館 野外観察園
・研究成果(2013/9/24)「セイヨウタンポポはなぜ強い?ー在来植物が外来種に追いやられるメカニズムを発見ー


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