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「もったいない」からナノサイズの穴を開ける…!?

↓ 今回のトピックはコレです!何に見えますか?

ハチの巣のような、有孔虫のような…。有機的な雰囲気をまとっていますが…、違うんです。直径100ナノメートル(0.0001ミリメートル)ほどの小さな金属の粒に、さらに小さな穴をたくさんあけた「ナノ多孔体」(のイメージ)です。

名古屋大学でこの不思議な粒をつくっているのは、山内悠輔やまうちゆうすけさん(工学研究科 教授)。Nature誌が「Nano Architect(ナノ設計士)」と呼ぶ、職人的なこだわりを持つ研究者です。

山内悠輔やまうちゆうすけさん(大学院工学研究科 教授)
2023年4月、名古屋大学の新制度「卓越教授」第一号として、オーストラリアクイーンズランド大学から、名大にやってきました。オーストラリアとの行き来を続ける忙しい毎日とのこと。

山内さんの研究グループ発「ナノサイズの金属粒子に”穴を開ける”技術」は、2008年の発表以来、世界で注目され続けています。何がそんなにスゴイのか、最新の研究成果を含め、お話を聞きました。

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── ナノサイズの金属粒子に穴…。何のためにそんな難しそうなことを?

金属粒子の表面積を広げたいんです。

── 表面積を広げると、いいことがあるのですか?

化学反応の効率が大幅にアップします。例えば金属触媒の場合、反応は金属粒子の表面で起こります。だから、表面積が広いほど反応が進みやすくなるんです。

── 金属粒子の内部では反応が起こらないのですか?

起こりません!だから金属粒子に穴を開けて、表面積を増やしてやるんです。

── どうやって穴を開けているのですか?

この黄色いマリモのような構造体を使います。これを鋳型にして穴を開けるんですよ。

マリモのような構造体(黄)で、穴を開けた金属粒子(ピンク)
2015年のAdvanced Science誌の表紙を飾った山内さんの研究画像で、熱血解説スタート!

── 全部マリモに見えてしまうんですけど…ピンクは金属ですよね。黄色の”マリモ”は、実際は何ですか?

界面活性剤です。シャンプーの主成分ですね。界面活性剤の分子って、自己組織化して、マリモのような丸い「ミセル」をつくるんです。サイズは一つ2〜50nmくらいかな。このミセルを規則的に配置して、周りに金属を堆積させます。最後にミセルを溶かして取り除けば、ナノサイズの穴の開いた金属粒子ができるわけです。

ミセル(青)の周りに金属分子(白)が堆積していくイメージ(山内・朝倉研究室提供)

── まさに「ナノ設計」ですね。鋳型の発想がユニークすぎるんですが、実際、どうやったらそんなことができるのですか?想像できません…!

ちょうど実験しているので、見ますか?

↓ もとになるミセル溶液です。色がついている方は、金属イオンも入れています。

 ミセル溶液(左)とミセル溶液に金属イオンを添加した溶液(右)
界面活性剤は、水中で自己組織化してミセルをつくります。金属イオンはミセルの親水基に引き寄せられ、ミセルの周囲に集まります。画像のようにレーザーポインターをあてると、ミセル粒子が光の通り道を可視化するチンダル現象を観察できます。

↓ 金属イオンを添加した溶液に、金属の基板を入れて電気を流します。ミセルの周りに形成された金属粒子が基板上に集まってきます。

電解めっき
溶液に基板を入れて、1時間ほど電気を流します(流す時間は使う材料による)。電気エネルギーを利用して金属イオンを還元し、基板上に金属を析出させます。

↓ ちょっと時間がかかるので、以前の実験の映像を、時間を速めてお見せしますね。こんな風に基板が黒くなっていくんですが、ここにミセル周りにできた金属粒子が堆積しています。

山内・朝倉研究室提供)

── 最新の成果↓では、ニッケルと白金(プラチナ)が登場しますね。

同じようにミセルを使って、ニッケルという金属でナノ多孔体の骨格を作りました。表面には、白金という別の金属原子を均一に散りばめました。白金は、燃料電池自動車のバッテリーにも使われる優秀な触媒なんですよ。

── 白金が優秀なら、全部まるごと白金で作ってしまえばいいのでは?

それはもったいない!白金はとても高価なんですよ!いくら多孔体でも、表面に出ていない部分は反応に貢献できません。だから、安価なニッケルを骨格にして、白金原子は表面だけに使います。ニッケルって、化学的にも物理的にもナノ多孔体の骨格に適しているんですよ。

── 「もったいない」って日本の心ですね。表面にあればOKならば、表面全体を白金でコーティングするのはダメですか?

ダメです!あえて一個一個の白金原子を孤立させています。なぜかというと、金属原子を並べると、隣同士で結合してしまうんですね。表面積が減って、反応できる面積が減ってしまいます。

今回発表したナノ多孔体の表面のクローズアップ
ニッケル原子(緑)の中に、白金原子(黄)がポツポツと散りばめられています。

── 確かに、くっついているより離れていたほうが、表面積が大きくなります。せっかく使うなら最大限に活用しようってことですね。

今回、質量にして全体の12%もの白金原子を、孤立させた状態で混ぜることに成功しました。金属原子はお互いくっつきたがりなので、孤立させたまま混ぜるのって難しいんですよ。通常、12%も混ぜたら、原子同士はくっつきます。12%まで増やしても、原子が孤立しているのは大きなポイントです。

── この成果を実用化できたら、燃料電池自動車にとって、どんないいことがありますか?

白金の使用量を大幅に減らせます。今、燃料電池自動車1台あたり数十グラムの白金触媒が使われています。きちんと計算してみないとわからないですけど、数十分の1くらいにできるんじゃないかと思います。

── 燃料電池車の他に、応用先はありますか?

たくさんあります!我々の取組みの一つが、火災防災です。有毒ガスの一酸化炭素を、無毒化する触媒ですね。火災で人が亡くなる大きな原因の一つが、一酸化炭素中毒です。でも、一酸化炭素を完全に無毒化するシステムは確立していないんです。火災現場では、一刻も早く一酸化炭素を無毒な二酸化炭素にしたい。この反応を速やかに行う触媒開発に、企業さんと取り組んでいます。

── いいことづくめですね。デメリットや課題はあるのでしょうか?

ミセルを作るプロセスがまだ複雑かな。現状は、まず界面活性剤を溶かして、混ぜて、精製して…というステップでやっているんですが、もう少しシンプルにすることに取り組んでいます。工業プロセスは楽なのが一番いいですからね。界面活性剤の再利用も考えているところです。

── 応用先を広げるというより、土台を固める感じですね。ところで、山内さんのお話、とても熱が入っていて、人気予備校講師の授業みたいです。「卓越教授」の山内さんも、大学で授業を担当していますか?

工学部マテリアル工学科2年生の必修科目「機器分析」を担当しています。今日もクロマトグラフィーの講義を終えてきたところです。学生たちが「こんな授業、今まで受けたことがなかったので、もっと聞いてみたい」って感想に書いてくれてうれしかったです。

壁一面の大ホワイトボードが、20分でいっぱいに…!

── 世界を牽引する山内さんのアツい授業で、人生観変わる学生さんもいるのではないでしょうか!目には見えない世界の「表面積」へのこだわりには始終圧倒されっぱなしでした。お話をありがとうございました。

文中のイラストは研究成果発信サイトから引用
インタビュー・文:丸山恵

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