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ナポリの地下事情に「宇宙線イメージング」が好相性。次なるニーズは東海に!?

今年3月、エジプトにあるクフ王のピラミッドで、未知の空間の発見に導いた「宇宙線イメージング」。

そのプロジェクトに関わった宇宙線イメージング研究者、森島邦博もりしまくにひろさん(理学研究科 准教授)が今注目するのが「地下」です。

森島邦博もりしまくにひろさん(理学研究科 准教授)
オンラインインタビューの背景は、クフ王のピラミッド。3月に森島さんたち研究チームが発見した未知の空間は、この石組み(シェブロン)の向こうにあります…!

数年前、イタリア・ナポリの考古学研究家の願いで行われた、ナポリ市街地の地下遺跡の探査プロジェクト。まだ見ぬ地下空間の発見は、宇宙線イメージングの将来に大きな意味がありました。遠いナポリの話だけで終わらない、森島さんへのインタビューをお聞きください。

<インタビュー概要>
── なぜナポリ?

実は、ナポリの街の地下ってギリシャ時代の遺跡が眠っていて、今回調べた遺跡にはちょっとした仮説がありました。そこは、地元で長年ナポリの地下遺跡を調査している方が管理する遺跡です。地下10mに裕福な家のものと思われる埋葬室がいくつも規則正しく並んだ状態で見つかっていました。でも、すっぽり抜けたように見つかっていない場所があったんですよ。きっとそこにも同じ家の埋葬室があるはずだ、という仮説があったんですね。それを見たいということで調査したら、本当に見つかったんですね。

(a) 探査した遺跡はマンションの地下にある!
(b) 地下10mの遺跡マップ。1~11のように埋葬室が並ぶ。2の内部は土砂に埋もれていて内部は確認できず、3が見つかっていなかった。
出典:プレスリリース(2023/5/18)

── それは管理者の方は喜ばれましたよね。この調査で使った「宇宙線イメージング」について教えてください。

宇宙線イメージングは、原子核乾板げんしかくかんぱんという写真フィルムの一種を使って、宇宙線に含まれるミューオンという素粒子を捉える技術です。普通の写真フィルムって、薄い透明なプラスチックの板に臭化銀の細かい粒子を塗ってあるんですが、原子核乾板は一個一個の粒子をさらに細かく、厚く塗ってあります。そうすることで、1枚のフィルムで立体的な宇宙線のイメージを撮れる……つまり、宇宙線が通ってきた方向や位置を記録できるんですね。これをデジタルデータ化して、パソコン上でマッピングしてやると、宇宙線を視覚化できるという仕組みです。「空間」は物が少ないので、宇宙線がたくさん通ります。この性質を利用して、空間の有無を調べるんです。

── 原子核乾板は、調べたい空間よりも地下深くに置くんですよね。

はい、埋葬室よりさらに地下深くにある生ハム貯蔵用の地下室に、約1ヶ月間置きました。ナポリの人は昔から生活で地下を利用していて、生ハムを吊るす釘もありました(笑)。

原子核乾板は、こんな風に置く。上部には生ハムを吊るす釘も。
出典:プレスリリース(2023/5/18)

── 現地で現像したそうですね。

はい、日本から現像用の薬品を送っておいて、ナポリ大学の人とやりました。でも、実は現像室(暗室)がなくて困って、ナポリの写真屋を何軒かたずね、そのうちの1軒で現像させてもらいました。

── フィルムなので、持ち運びにも気を使いそうです…。

原子核乾板は光に当たると感光してしまうので、まず、名古屋大学で作る段階で、光が通らないようにアルミが蒸着された遮光フィルムで真空パックして、下敷きのような状態にして持っていきます。落とすと穴が開いてしまうので、落とさないように気をつけて、プチプチ(緩衝材)に巻いて、普通にカバンに入れています。1枚25×30cmで、意外と持ち運びが楽なんです。

── 感光を少しでも減らすために、やはり”作り立て”でないといけませんか?

なるべく作りたてがいいんですけど、フィルムはできた瞬間から宇宙線を記録するんですよね。ナポリまで持って行く道中も、調査が終わって現像するまでずっと記録し続けるので、どの宇宙線がいつ入ったものかわからないんですよ。それが一番の問題で、それを解決するために”重ねて”ます。2枚用意しておいて、現地に行くまではバラバラにしておくんですね。ナポリで観測を始めるタイミングで初めて重ねるんです。

── なるほど、つじつまが合わないデータがあると、これはナポリ地下のものじゃないぞとわかるのですね。そうなると、重ねて持っていけませんね。

かさばるので重ねるんですけど、本番で重ねるのと違う重ね方をすれば大丈夫です。向きを90度ぐるっと回しておく、みたいな。

── エジプトのクフ王ピラミッドのプロジェクトでは、空洞が見つかった後に、ファイバースコープを入れて実際に空洞の中を調べました。今回は?

エジプトの場合はすごく運が良くて、僕の背景(上の森島さんの写真)にあるシェブロンという一枚板の裏に空洞があったので、石の隙間にファイバーを入れられたんですよ。でも、ナポリで新たに見つかった埋葬室は、既に見つかっている空間から数メートルほど離れていて、完全に土で埋まっているんですね。簡単には入れられません。

── 今後、埋葬室は掘り当てられるのでしょうか?

この遺跡の上にはマンションが立っているので、上からは絶対に穴を開けられないんですよね。ただ今回、埋葬室の位置が正確にわかったので、横から開けるという可能性はあるかもしれません。  

── その上のマンションに住んでいたら、地下にさらに穴が開けられるのはちょっと怖いなと感じます…

確かに…。ナポリでは聞きませんが、日本だと陥没事故ってあるんですよ。実は、愛知や岐阜の地下には、埋め戻されていない廃坑が結構あって、大きな空洞として残されてるんです。これによる陥没事故が年に数件起きていて、地下を埋めるために、国が補助金を出している自治体もあります。

── 怖っ!南海トラフ地震で被災が想定されていますし…

実は、僕らの宇宙線イメージングの技術を使って、地下の廃坑跡の空洞を見つけられないかという相談を受けて、今年2月まで実証試験をしたんですよ。ボーリングを掘って、その中に原子核乾板のフィルムを入れました。直径10cm以下のボーリングに入る筒状の検出器を作って、細長く切ったフィルムを中に入れるという感じです。

── 自由自在ですね、フィルム。

そう、だから普通できないようなことができてしまうんです。ただ、需要はあると思う一方、どう使われるかのイメージが湧きにくい…。今回、複雑なナポリの地下遺跡を綺麗に映像化でき、レントゲン撮影のように宇宙線で地下の空洞を捉えられることを実証しました。この成果を広く知ってもらうことで、需要がもっとはっきりしてくることを期待しています

── 遠いナポリのお話かと思いきや、実は地元の防災にもつながるお話だったのですね。まだまだ思いがけないところにニーズがありそうです。

画像提供:森島邦博さん
インタビュー・文:丸山恵

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