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心を記録する―長野のニホンミツバチ文化に出会った民俗学研究者の話

「ハチミツを食べながらお話しましょう」

数々の名大研究室を訪ねてきた名大研究フロントラインですが、そんな甘い予告つきの取材は初めてです。期待に胸を膨らませ向かった訪問先は、民俗学が専門の甘靖超かんせいちょうさん(人文学研究科 准教授)。

甘靖超かんせいちょうさん(人文学研究科 准教授)
お名前まで甘い…!

スッキリと整頓されたアジアンテイストの研究室の奥から、ハチミツの瓶をいくつも出してきてくれて、

「ぜひ、全部味見してみてください!」

つま楊枝ですくい取って試食😋

贅沢にも、甘さんが調査で手に入れた貴重なニホンミツバチのハチミツ6種を味比べさせてもらいました。

甘さんが調査を行なう長野県の伊那谷いなだに地域のニホンミツバチのハチミツ。左3種は、甘さんが特に重点を置く大鹿村おおしかむら産。

黒みつのようなコクがあるものもあれば、フルーティで酸味を感じるものも。性状も、サラッとしたものからクリーミーなもの、ザラメのような舌触りのものまで、個性豊かです。

これらは、伝統的な養蜂文化が色濃く残る長野県南部の南信なんしん地区にある伊那谷いなだに地域で大事に作られたもの。民俗学を学び、この山地での人々とニホンミツバチの暮らしを記録する甘さんの目に、山暮らしはどう映ったのか訊きました。

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── ハチミツといえば、レンゲやアカシアなど、いろいろな種類が思い浮かびます。これらはラベルがありませんが、何のハチミツですか?

百花蜜ひゃっかみつといって、さまざまな植物を蜜源にしているハチミツです。レンゲやアカシアのハチミツは単花蜜たんかみつといって、蜜源がほぼ単一の植物から採れるハチミツなんです。

── 百花蜜と単花蜜、作り分けできるんですか!?

ミツバチの習性次第ですね。日本には、野生種のニホンミツバチと、家畜種のセイヨウミツバチが生息しています。ニホンミツバチは通常、年に1回採蜜さいみつ(ミツバチが巣に貯めた蜜を採取すること)します。巣箱を移動させないので、巣箱周辺の様々な花の蜜を含む百花蜜が採れます。一方セイヨウミツバチは、特定の花の開花時期に併せて巣箱の移動や採蜜を行うので、単花蜜を採ることができます。セイヨウミツバチでも巣箱を移動させない定置養蜂ていちようほうの場合は、百花蜜になりますよ。

── いただいた百花蜜は、6種とも全然違う味でした。同じ産地なのに、こんなにバラエティ豊かとは驚きです。

そうでしょう?庭に柿の木がある養蜂家さんのハチミツはなんとなく柿の味がするし、同じ巣箱でも年によって味が全然違うこともあるようです。養蜂家のみなさんが、ハチの「個性」(習性)を尊重しているんですね。みなさんのニホンミツバチとの暮らしを調査して、先日その映像を公開しました。

出典:名古屋大学Youtube

── ドキュメンタリー仕立てですね!

フィールド調査に行くと、その土地や人々の独特の温度感があって、文字では到底伝えきれません。それを少しでも表現したくて、初めて映像化に挑戦したんです。伊那谷いなだにの伝統養蜂は後の世代に残していくべき文化です。広く知ってもらいたい気持ちもありますね。

── そもそもなぜニホンミツバチの養蜂に着目したのですか?

以前勤めていた総合地球環境学研究所で、ニホンミツバチと人との関わりや養蜂の実態の共同研究に参加したのがきっかけです。私は民俗学が専門ですが、高校では理系だったんです。生物も選択していて、生き物にはずっと関心を持っていました。

── 長野の伊那谷地域を調査地に選んだのは?

実は食文化にも興味があって、長野の伊那谷には、12年前に郷土食や狩猟などの調査に来たことがありました。その時に見たニホンミツバチや巣箱が印象的で。のちに山間部の伝統養蜂を調査することになり、その記憶が真っ先に頭に浮かびました。

丸太を利用した巣箱作り(長野県天龍村/2014, 写真は甘さん提供)

── 動画では、たくさんの養蜂家の方々にインタビューしていますね。一軒一軒、訪ねてまわったのですか?

まず、伊那谷地域の趣味養蜂愛好団体や村役場、観光案内所、道の駅に連絡して、地元の養蜂家の方々を紹介してもらうところから始めました。その方々を実際に訪ねたんですが、みなさんとても好意的に応対してくれて。そのうちのお一人は、なんと、12年前の狩猟調査のインタビューを受けてくださった方だったんです。嬉しい偶然でした。

── みなさんの活き活きした表情が印象的でした。

その通りです!みなさんとても自然で、私が一番緊張していました…笑。でも人生を豊かにしてくれる調査でした。ニホンミツバチの養蜂って簡単な気持ちでできるものじゃないんですよ。大きな収入源になるわけではないのに、異常気象や病虫害など、自然といつも隣合わせで。それでも情熱を持ってニホンミツバチと生きていくみなさんの心を記録したかったんです。

── 民俗学って、なんだかあったかい学問ですね。

はい、伝統や習俗が時代と共に変わっても、人は心の拠り所が必要だと思います。私は中国出身で、2011年に来日しました。大震災の直後でした。復興が進む中、自分は研究で何ができるか必死で考えました。あの時みんなであんなことしたね、こんなもの食べたね、という記憶が人の心を豊かにできると思いました。そんな心の拠り所を記録していこうと思ったんです。それができるのは、民俗学だと思いました。

── プロジェクトの今後は?

伊那谷では、ニホンミツバチの養蜂の他に、地蜂じばち(クロスズメバチ)やオオスズメバチの幼虫を食べる伝統があります。佃煮にすることが多いみたいです。その地蜂の飼育や食用に関する在来知についても調査していく予定です。

── 伊那谷の人々とニホンミツバチとのお付き合いは幅広く、切っても切れない関係なのですね。甘さん流の民俗学研究、とても新鮮でした。ありがとうございました。

甘さんの授業を受けたい!みなさんへ
文学部2年生以上が対象の文化人類学専攻の授業(2024年度は「日本思想文化論」)と、大学院生対象の「文化動態学研究」を担当しています。日本や中国の食文化や、それらのフィールド調査について学びます。今回制作したニホンミツバチ映像も、教材として使っていく予定です。どの学部でも受講できる中国語の授業も担当しています。

トップ画像:甘靖超さん提供
インタビュー・文:丸山恵

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