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70. 治療薬予測、AIで素早く!

こんにちは。理学研究科修士2年、成瀬美玖なるせみくです。
今回は、AIを使って細胞の形から適切な治療薬を予測する研究を紹介します。

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創薬スクリーニングの難しさ

病気の治療に欠かせないのが薬です。薬は、原子が集まってできた「分子」ですが、どのようにして作られるかご存知でしょうか?様々な方法がありますが、一般的には病気の「モデル細胞」と呼ばれる発症メカニズムと同様の現象を示す細胞を使って、数万〜数十万にも及ぶ膨大な数の分子の治療効果を評価して、薬としての効果を示す分子を選抜していきます。このように薬剤候補となる分子の評価を行う技術のことを「スクリーニング技術」と言います。

現在のスクリーニングでは、薬剤候補の分子を病気のモデル細胞に投与し、その変化を、画像解析の技術を使って記憶して評価する方法が主に使われています。しかし、この方法には問題が存在します。疾患の原因となる細胞の一部分を染色しなければならないのです。ところが、染色対象が特定されていない時には利用できません。しかも、この染色という工程は、手間やコストがかかります。そうかといって染色の工程を省くと、細胞画像は白黒になり、画像解析が困難です。さらに、細胞の均質性が低い時には、細胞の変化がごくわずかになってしまい、検出が難しくなります。これらの問題を解決できる「染色なしで細胞を画像解析できる技術」が求められていました。

細胞の形をAIにより見分けるスクリーニング法

そこで名古屋大学の創薬科学や医学などを専門とする共同研究グループは、AIを使い、染色されていない細胞の画像解析技術を用いた薬剤スクリーニング技術の開発に挑戦しました。

初めに、薬剤がない状態の細胞の「形の特徴」をAIに学習させました。その後に、AIに「薬剤なしの細胞」と比較してあまりにも変化が大きい細胞、つまり薬剤に応答した細胞の判定を行います。これを繰り返すことで薬剤に応答した細胞を明確に、何回も安定に見分けることに成功しました。

この研究を切り口に、さらに様々な疾患の薬剤の開発が進むことに期待したいです。

細胞培養もDXの時代

研究を行った加藤竜司かとうりゅうじ准教授にお話を伺いました。

── 今後、細胞の形から治療薬を予測する効率をさらに高めるには何が必要だとお考えですか?

「細胞培養の根本からのデジタルトランスフォーメーション(DX)」ではないか、と考えています。DXは、近年様々な産業で重要なキーワードとなっており、「データ化とITの活用により、ただの効率化に留まらず、ビジネス自体の変革を生み出すこと」を目指すものです。

── 細胞培養の変革ですか!? 具体的に教えてください。

細胞培養は、たくさんの生命科学を支える技術なのですが、実は有史以来ほとんど技術的に進化していません。すべてが手作業で、途中の細胞チェックは経験と勘による目視のみ、というのが現実なのです。僕たちの今回の研究もそうですが、近年進化の早いAIだけでなく、ラボラトリーオートメーションのようなロボットなどで実験作業を自動化する技術の発展によって、100年間手作業に依存していた細胞培養は、これから益々「機械化・自動化・IoT化」していくと考えられています。

── そのような背景で、加藤先生のグループは細胞の形をデータ化されたのですね。

そうですね。今回我々が取り組んだ「形のデータ化」だけでなく、実験全体のオートメーションや作業データのIoTなどを実現する先端工学技術が進歩することが、治療薬開発などの実験研究の精度や安定性を大きく改革し、治療薬の予測性能を飛躍的に変えていくのだろうと考えています。

── 研究の醍醐味は?

やはり、「医工連携」ではないかと思います。今回の研究は、AIなどを開発する創薬科学研究科の技術と、疾患のメカニズムを熟知して長年の実績で構築された疾患モデル評価系という医学系研究科の研究者が、お互いの得意技を融合して成しえたと考えられます。1つの分野の研究者では思いもつかなかった課題が発見されることや、解決が難しかった技術の開発が実現する体験など、医工連携的な分野融合研究はとてもエキサイティングでやりがいがあります。ぜひこの研究をさらに進めて、新しい研究開発に取り組みたいと考えています。

おわりに─ ”染色なし”への期待と少しの不安…

私は今回の研究を知り、細胞の形から治療薬を予測することができるということに驚きを感じました。私自身も細胞の染色を研究対象としているため、染色なしで細胞の形から治療薬の予測が可能ということは、今後の発展が楽しみであるとともに、染色に取って代わられてしまうのではないかという脅威も少し感じました。染色した細胞のわずかな色の変化を見分けることや、大量の細胞の色の変化をまとめることは、人の手では困難なこともあるからです。

一方で、AIを使うためにはAIに学習させる必要があり、時間がかかるということが考えられます。このようにどちらにも長所と短所があり、それぞれの場合に対応した手法を選択することが必要になってくるのかもしれません。

この研究について詳しくは、2022年6月17日のプレスリリースもご覧ください。
(文:成瀬美玖)

◯関連リンク
加藤竜司准教授(名古屋大学大学院 創薬科学研究科) 
細胞分子情報学分野(名古屋大学大学院 創薬科学研究科)

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