ノーベル賞から10年、今なお続く”二材料物語”にミステリアスな展開
省エネで明るい照明だけでなく、世界のエネルギー事情までも大きく変えた青色LED。その研究業績にノーベル賞が授与されて今年で10年です。
青色LEDは、窒化ガリウムとマグネシウムの特別な関係から生まれました。窒化ガリウムという半導体に秘められた「青い光を発する可能性」を、金属のマグネシウムを加えることで実現したのです。
「でも、窒化ガリウムとマグネシウムの相互作用は、今なお魅力的な謎の物語であり続けています…」
そう話すのは、王 嘉さん(高等研究院/未来材料・システム研究所 YLC特任助教)。名古屋大学の研究環境に魅せられ、天野浩さん(未来材料・システム研究所 教授)のラボに加わりました。
王さんと天野さんのグループは、とてもシンプルな方法で、窒化ガリウムとマグネシウムの相互作用を効果的に引き出せることを発見。さらなる技術革新を期待させる成果として、先日、Nature誌に発表しました↓↓
キーワードは、「超格子」。
”驚くほど偶然の一致”が生み出した、未だミステリアスな成果の真相を、王さんと天野さんに聞きました(王さんは英語でお話しくださいました。記事では訳文を添えています)。
簡単すぎて”見たことない” その作り方とは?
── ↓こちらが今回発表の超格子構造ですね。とっても規則正しく並んでいるんですね。
天野さん:超格子が自然にできるのは本当に稀で、一般には人工的に作ります。ところが意外な方法でできたんです。専門家の方々も、見たことのない現象だとびっくりされているんですよ。
── その方法、気になります。
王さん:It's a very simple experiment using gallium nitride and magnesium.
窒化ガリウムとマグネシウムを使った、とてもシンプルな方法です。
王さん:First, we melted magnesium, evaporated it into a vapor phase, and then condensed it into a thin film on gallium nitride.
まず、マグネシウムを溶かし、蒸気にして、窒化ガリウム上にマグネシウムの薄膜をつくります。
王さん:Then, we annealed it at 700 degrees Celsius in a nitrogen environment.
それから、700℃の窒素を満たした状態で、”アニーリング”します。
天野さん:窒化ガリウムにマグネシウムを乗せて(蒸着して)、単に熱をかけたらできちゃったと。普通では考えられない構造が簡単にできたんです。
できた超格子はどうスゴい?
── ”普通では考えられない構造”…とは、具体的にどういうことですか?
王さん:One key aspect is the strain. It’s highly desired, so methods to produce strain in gallium nitride have been explored. We observed this superlattice phenomenon using electron microscopy and quantified the strain within the magnesium layer.
構造の重要なポイントが「ひずみ」です。窒化ガリウムにひずみを生じさせる方法が求められ、研究されてきています。今回の実験では、できた超格子のひずみを電子顕微鏡で調べました。
── 「ひずみを加える」のが大事なんですね。
王さん:Yes, the strain averages minus 12% within the magnesium, a record high for thin films. With its high modulus of elasticity, gallium nitride results in a stress of 20 gigapascals, equivalent to 200,000 atmospheres.
そうです。マグネシウム層のひずみは、薄膜材料では記録的に高く、平均−12%でした。この時、窒化ガリウムには20万気圧に相当する力がかかっていました。
天野さん:↑この図がすごくいいんです。自由な空間にいる窒化ガリウムに対して、マグネシウム層により、どのくらいずれているかを測っています。面外ひずみは、垂直方向のずれです。12%ものずれは普通じゃできないし、20万気圧というのも非常に高い圧力です。窒化ガリウムがそれに耐えられるということですね。
予想外の発見の背景に、「驚くほど偶然の一致」
── 作り方も、特性も、前代未聞な超格子ということがわかってきました。王さんたちは、このような超格子を作ることを狙っていたのですか?
王さん:No! I was very surprised. Actually, we did this experiment for a different purpose.
いえ!実は、別の目的で実験していたので、とても驚きました。
── なぜ今回のような現象が起こったのでしょうか?
王さん:There is still some mystery going on, but we found ”a strikingly natural coincidence”.
まだ謎は残るのですが、「驚くほど偶然の一致」に気づいたんです。
── 意味深です…
王さん:Gallium nitride and magnesium are distinct yet alike. They share the same hexagonal close-packed (HCP) lattice structure and nearly identical lattice constants. It’s a remarkable coincidence.
窒化ガリウムとマグネシウムは全然違う材料ですが、共通点があります。結晶構造を比べると、どちらも六方最密充填格子(HCP)構造で、格子定数(結晶の基本ユニットのサイズ)もほぼ同じです。驚くべき一致です。
── 確かにそっくりです。でも、この一致と超格子構造にどんな関係が…?
王さん:For two materials to form a superlattice, their lattice constant, and interfacial energy mismatches must be small. We found that the lattice constant mismatch is very small, which explains why the superlattice forms easily.
理論上、2つの材料が超格子をつくるには、格子定数と界面エネルギー(異なる材料間の境界面にあるエネルギー)の不一致を小さくする必要があります。今回は、2つの格子定数がほぼ同じだったので、超格子構造が簡単にできたと考えています。
天野さん:この分野では、マグネシウムがHCP構造を持つことはあまり意識されてこなかったんですよ。半導体デバイスを作るときは、仕事関数という別のパラメータが重視されています。
── 他の材料で、同じように簡単に超格子ができる可能性はありますか?
王さん:We’re exploring other materials like aluminum nitride to see if we can make new discoveries. However, the mechanism behind this structure is still unclear. Many follow-up studies need to be done.
窒化アルミニウムなどで新たな発見を探っているところです。ただ、今回の超格子構造のメカニズムはまだ謎が多く、これから多くの研究が必要です。
── 半導体技術は成熟していても、研究者のみなさんはまだまだ挑戦を続けているのですね。
天野さん:LEDもダイオードもトランジスタも、半導体デバイス開発で突き詰めたいのは、省エネと性能向上です。そこで「抵抗」を下げていきたい。抵抗を下げればその分の消費電力が減って、省エネにつながります。さらに、電流を運ぶ電子やホールといった粒子がより速く移動できるので、デバイスの動作速度が上がって性能向上につながるんですよ。
── スマホの電池が長持ちするようになったり、急速充電できるようになったり、生活の中のうれしい変化は技術の発展の賜物なのですね。「魅力的な謎の物語」の続きに期待します。お話をありがとうございました。
画像提供:王 嘉さん
インタビュー・文:丸山恵
◯関連リンク
名古屋大学研究成果発信サイト(2024/7/4)「単原子層のマグネシウムが挿入された窒化ガリウムによる超格子構造の観測 」
論文(2024/6/5 Nature誌に掲載)
天野・本田研究室(名古屋大学 未来材料・システム研究所)
C-TEFs(名古屋大学 エネルギー変換エレクトロニクス実験施設):世界唯一の窒化ガリウム研究拠点です
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