見出し画像

大切なひともウイルスからまもる!あなたの鼻の粘膜抗体

新型コロナウイルスをはじめ、呼吸器ウイルス感染症を防ぐ一つの鍵となる「抗体」。鼻の粘膜の表面で、「分泌型IgA抗体」という抗体が早くつくられるほど、新型コロナウイルスを別の人にうつしにくくなることが世界で初めて示されました。

呼吸器ウイルス感染症において、分泌型の粘膜抗体がウイルスの広がりを抑えるかもしれません。

名古屋大学理学研究科の異分野融合生物学研究室 (iBLab)の大学院生の西山尚来にしやまたからさん、教授の岩見真吾さんいわみしんごさんらの研究グループと、国立感染症研究所 感染病理部の鈴木忠樹すずきただき部長、宮本翔みやもとしょう研究員らによる共同研究について、西山さんと岩見さんに詳しく伺いました。

左:西山尚来にしやまたからさん(理学研究科 博士後期課程2年)
右:岩見真吾いわみしんごさん(理学研究科 教授)

↓インタビューのダイジェストをポッドキャストでお届けしています。


鼻の粘膜にある「分泌型IgA抗体」って?

「これまでのワクチンは、基本的には重症化を防ぐ方向によく効くと言われていました。しかし、感染した後にウイルスを排出して他の人にうつしてしまえば、結局新しい感染が起こってしまいますよね。今回はそこに着目し、感染を広げないための因子を探そうと思ったのが始まりでした(西山さん)」

分泌型IgA抗体(Immunoglobulin A;免疫グロブリンA)は、抗体の一種で、体の表面、特に粘膜(口、鼻、肺、腸など)に覆われる部分に存在しています。分泌型IgA抗体は、病原体が体内に侵入するのを防ぐバリアとしてはたらいています。

さらに「感染後にウイルスを排出する」過程においても、この分泌型IgA抗体が重要な役割を果たしていることが、今回の研究で明らかになりました。

「ウイルスは、上気道などに入るとそこで複製されて、さらに広がっていきますよね。この上気道などにある粘膜上の抗体がそれを止めているのでは、と言われていました。そこで、この抗体に注目し、本当にウイルスを外に出さないようにはたらいていることを明らかにしました。さらに、粘膜上の抗体がどれだけあれば感染性のウイルスを抑制するのか、新しい基準を提案しました(西山さん)。」

外からのウイルス侵入を防いでくれるイメージが強い「抗体」ですが、ウイルスが外に出ていく時に他者にうつすのを防いでくれる役割は、新鮮ですよね。

クラスターの発生確率を計算した前回の研究にもつながりますが、パンデミックの対策では、この「他者への感染を防ぐ」視点がとても重要です。 

The first few hundred調査のデータを活用

今回の研究では、オミクロン株に感染した、合計122人の患者データを分析しました。

「大きな感染症の早期に100人前後の患者から集中的に取った検体を分析するThe first few hundred調査(FF100)という疫学調査があります。流行している感染症の性質をいち早く突き止めるために行われるため、積極的調査とも呼ばれます。今回は、その調査で得られたオミクロン株に感染した患者さんの鼻咽頭の検体を分析しました(岩見さん)。」

ウイルスRNA量やウイルスの感染力、粘膜抗体の量に関するデータを、数理モデルと統計モデルを用いて解析した結果、「鼻の粘膜抗体が新型コロナウイルス排出を防ぐ」ことが世界で初めてわかりました。鼻粘膜検体において、分泌型IgA抗体が他の抗体(IgG抗体やIgA抗体)よりもウイルス量や感染力を強く抑制する傾向が見られたのです。

また、新型コロナウイルスへの感染歴がある患者さんや、ワクチンの接種歴がある患者さんほど、この分泌型IgA抗体が早く作り出されることもわかりました。

現在、mRNAワクチンにより、新型コロナウイルスによる重症化や死亡のリスクは低くなっています。一方で、変異株の登場や、呼吸器ウイルスのパンデミックは、今後また起こり得ます。ヒトからヒトへの感染の広がりを制御し、予防する感染対策には課題が残っているといえます。

「今回の研究成果を踏まえると、粘膜免疫を標的とした次世代のワクチン開発、すなわち、分泌型IgA抗体をできるだけ早く誘導するようなワクチンの開発が重要です。さらに、そのワクチンがちゃんと分泌型IgA抗体を誘導しているのかを評価するための設計も必要ですね(岩見さん)。」

普段の研究スタンスに迫る

今回の研究の主導した西山尚来さんは、もともとは農学部出身だと話します。

農学を専攻していた修士時代の西山さん
iBLabにラボ見学に来た時の一枚

「僕は元々修士課程まで実験系のラボに在籍していました。この経験は実験系の研究者の方と学際的な研究を進めていく中で重要な役割を果たしていて、よりインパクトのある研究を行うことに繋がっていると思います(西山さん)。」

異分野融合生物学研究室からは、2023年の9〜12月の3ヶ月で、3本の論文がプレスリリースされています。西山さんも、普段から複数のプロジェクトを同時並行して行っています。

「これらの論文だけを見ると、いろんなことをやっている印象だと思います。でも、自分たちの中では全部繋がっています。新型コロナウイルスだけじゃなくて、例えば今だとMpox(旧サル痘)など、他の感染症ではどうなのかを考えて、病態の進行がどのように違うのかを考えたり、全然違う病気ではどうなっているのかを見たりしています。一方でできた方法を他のプロジェクトで使ったり、新しい方法を開発したら他に応用できたりして、どんどん繋がっていきます(西山さん)」

研究は一過性のものではなく、裾野が広がっていくなかで掛け合わさっていくのですね!

今年3月には、西山さんが登壇するトークイベントが名古屋大学にて開催予定です。詳しい情報は随時発信していくので、Xなどもチェックしてみてください!

文:小島響子こじまきょうこ(サイエンスコミュニケーター@iBLab

◯関連リンク

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?