ついに解読!! 花のタネをつくる16文字の暗号
「6ヶ月かけて、10万個集めました。」という貴重な画像を入手しました。
シロイヌナズナの胚珠です。ひと粒0.1mmというサイズ感…!
「胚珠というのは、受精した後に種になる部分なんですね。植物の花の真ん中にはめしべがありますよね。その中に、この卵のような胚珠がたくさんあるんですよ。」
そう話すのは、写真を提供してくれた 笠原竜四郎特任准教授。植物の生殖に関わる分子の仕組みを研究しています。
5月8日、この小さな胚珠を舞台に、大学院時代からの18年越しの研究成果を発表した笠原さん。「胚珠の中にある助細胞で機能する遺伝子を発現させる暗号を解読した」という成果は、専門的なことばが並んでいて「?」が浮かぶかもしれませんが、実は作物の品種改良など、農業への応用にもつながるお話のようです。笠原さんに訊きました。
<インタビュー概要>
──「助細胞」はどんな細胞ですか?(あまり聞いたことがありません…)
すごく押しなべていうと、動物でいう「女性」の部分です。動物のメスがホルモンを出してオスを呼びよせるように、助細胞もホルモンを出して「オス」の部分を呼びよせるんですよ。
── 植物の「オス」の部分とは?
花粉管です。めしべの先に花粉がつくと、花粉管という管がめしべの中を胚珠めがけて伸びていきます。胚珠にたどり着くと受精するということですね。
── 今回の主役、「助細胞で機能する遺伝子」とはズバリ…?
助細胞から花粉管を呼びよせるホルモンを出す遺伝子「MYB98」です。僕がアメリカのユタ大学で大学院生だった時に発見した遺伝子です。でも、何がこの遺伝子の発現をコントロールしているのか、あれから18年間わからなかったんですよ。
── その暗号を解読した!ということですね。
はい。暗号といってもモールス信号とかではなくて、動物も人間も、植物も持っているDNAなんですね。DNAは、1つの細胞に1セット入っている、A、T、G、Cで表される塩基の並びですよね。そのDNAの中に、ある決まった塩基配列(下図の赤い囲み)があると、MYB98が助細胞で発現する、ということがわかりました。嬉しかったですね〜。
この16塩基の配列を、SaeM (SC-specific activation element of MYB98)と名付けました。図の雪だるまのようなタンパク質(ホメオドメイン)がSaeMにつくと、MYB98が花粉管を引きよせるホルモンを出すというメカニズムです。
── 一連の流れが見えてきました!SaeMは、種を超えて存在するということですが…
そうなんですよ。いろいろなアブラナ科の植物(菜の花やブロッコリなど)で、MYB98遺伝子とSaeMが見つかりました。これは、アブラナ科の異なる種の育種が可能になることを示唆します。例えば、シロイヌナズナに、他のアブラナ科の植物からSaeMを入れてやると、違う種の花粉管を誘引して受精できる…つまり、雑種を簡単に作れるという話につながります。
── 植物の分野で雑種を作ることは、どのように重要ですか?
血統書付きの犬と雑種の犬とでは、雑種の方が強いですよね。いいとこ取りをしているからです。植物も同じで、雑種を作ることでいいとこ取りができます。これまで美味しい作物を作ることができたのは、この交雑育種によるところが非常に大きいですね。
── 他の科の植物にもSaeMはあるのでしょうか?
実は、イネでも似たような配列が見つかっています。でも、少し違うんですね。他の植物のホメオドメインタンパク質(図の雪だるま型の分子)が来ても、つけないようになっているんです。すると、MYB98が出ない、つまり受精できません。簡単に交雑が起きないようになっているのですね。
── 奥が深いです。
でもこれって助細胞内で完結する話なんですよ。胚珠の中には、助細胞の他に中央細胞や卵細胞があって、コミュニケーションとりながら助け合っているんじゃないかと感じています。僕は理学系出身ということもあり、一番はそれを知りたいですね。それが農業につながっていけばいいなと思っています。
── 小さな胚珠の中のさらに小さな助細胞で起きている複雑なストーリー…月日を経て紐解いた研究のお話は、聞いていて嬉しくなりました。ありがとうございました!
画像提供:笠原竜四郎特任准教授
インタビュー・執筆:丸山恵
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