法学研究者が裁判ドラマをつくるワケ
2023年7月28日、連日35℃を超える暑い日が続いた金曜日の夕方。地下鉄名古屋大学駅すぐ、コワーキングスペース「Idea Stoa」で開催したトークイベント「第95回名大カフェ」の模様をレポートします。
今回は「法学研究者が裁判ドラマをつくるワケ」というタイトルで、宮木康博さん(名古屋大学大学院 法学研究科 教授)をゲストに迎えました。
宮木さんは、研究活動の一環で、捜査から裁判まで「実際の刑事手続を模擬体験する」裁判ドラマ(映像教材)の制作プロジェクトを主導しました。
(プロ俳優陣が熱演するドラマ本編と詳細はこちら)
イベントでは、この裁判ドラマを参加者のみなさんに事前に視聴してもらい、内容を元に裁判員さながらの評議ワークショップを行いました。ドラマの続きはこのイベントで、というわけです。
まず、ドラマ作りに至った宮木さんの研究背景を聞いていきましょう。
「おとり捜査」と「加害者・被害者支援」
高橋:宮木さんは刑事訴訟法が専門で、「おとり捜査」を研究されていますね。
宮木:おとり捜査って、最高裁判所の定義では、薬物犯罪に代表されるように、警察官や協力を依頼された一般の人が「おとり」として密売者に働きかけて検挙する捜査手法なんですね。でも、もともと罪を犯す予定のない人に対して働きかけると、国が犯罪を作ることになります。
高橋:法律では犯罪はいけないと言っているのに…。
宮木:そう、「諸刃の剣」です。だから「法の支配」と矛盾なく実施する方法を考えるわけです。例えば、アメリカは国が犯罪を誘発した場合は無罪、ドイツは有罪で減軽、欧州人権裁判所は有罪・無罪ではなく証拠を排除したり手続を打ち切ったりします。これらの比較を踏まえ、日本への示唆を提供するのが、僕の研究の一つです。
高橋:「加害者と被害者の支援」も研究テーマにされていますね。
宮木:はい、地域の犯罪被害者支援条例に関わる一方で、加害者の更生にも取り組んでいます。加害者の支援には反発も強いんですよ。でも日本の今の犯罪は年56万件ぐらいなんですが、再犯者はどのくらいだと思いますか?
高橋:半分くらい?
宮木:正解!半分もいるんですよ。だから、出所した加害者のサポートは、回り回って、社会や犯罪の被害に遭う人を守っているんですね。どちらかをやればいいということにはならないんですよ。
「ありのまま」を見てほしい
高橋:その思いがドラマに込められているんですね。
宮木:そうですね。刑事裁判は、目の前に被告人がいて、傍聴席には被害者やその家族や遺族がいる。加害者の家族もいる。法廷にはそれぞれの感情が交錯する空気が流れるんですね。多くの方々に、被害者も加害者も支援を必要としているありのままを見ていただきたい。そこにテレビマンじゃない僕がドラマを作る意味があります。
高橋:裁判員に選ばれたときにも知っておきたいことですね。
宮木:そうなんですよ。日本では裁判員制度に対して積極的な空気感が生まれていないと思うんですよね。
高橋:テレビでも刑事ドラマ人気なのに…。
宮木:日本人が大好きな遠山の金さんも大岡越前も、基本的なマインドは「お上が裁く」です。国民が裁判に参加する制度はできたけれど、国民が欲しくてできたわけではないので「根無し草」なんですね。
高橋:裁判員の辞退率はどのくらいですか?
宮木:年々増えていて、今は60%後半です。辞退しなかった人の出席率も70%ほどです。誤解を恐れずに言えば、一部の人だけで裁判しているような状況です。
参加者:それは、重大犯罪を裁判員制度の対象にしたからではありませんか?身近な万引きとかが対象なら、参加率は上がるのでは…?
宮木:ご指摘の通りかもしれません。立法段階でも、①軽微な犯罪のみ、②全部、③重大犯罪のみ、の選択肢で議論していました。でも、国民が関心を持つのは報道されるような重大犯罪ですよね。端的に言えばそれが理由です。
口が上手い方が勝つ?
高橋:宮木さんのドラマの裁判は、不倫関係にある男女の殺人事件でした。みなさん、ご覧になっていかがでしたか?
参加者:検察と弁護士、いろいろ言っていましたけど、口が上手い方が勝つってことですか?
宮木:いや、証拠がないといけません。証拠に基づく説得力がポイントです。
参加者:最初は、女性が犯人かなって思ったんですけど、弁護側の話を聞くと違うかなって…。弁護士でも有罪を無罪にひっくり返したとか言われるので、裁判があまり真実に近いものじゃないのかなと…。
宮木:まさに人が人を裁く意味での本質論です。というのは、検察側と弁護側で証拠の見方は違うんです。彼らが法廷で本当のこと言っているかどうかは、言葉、表現や身振り手振り、話の詰まり方や表情など、緊張感ある現場で全て見ます。その上で「この人は本当のことを言っている」とか「嘘言ってるんじゃないか」と判断し、心証を形成していく作業なんですね。
参加者:でも例えば検察が被告人を犯人にしたくて証拠を隠すことはあり得るじゃないですか。逆に弁護人は、被告人を無実にするために明らかな証拠を隠せるわけですよね。
宮木:まず、弁護士倫理もありますし、そもそも証拠隠滅は罪になります。検察は冤罪事件でたまにあるように、意図的であるかどうかは別にして、証拠として提出しないことはありえますね。その場合、弁護人側が「こういった証拠があるはずだ」と証拠開示を請求して、裁判所が検察に開示命令を出すこともあります。
殺意はあったか?──検察vs弁護人
さあ、議論が盛り上がってきたところで、実践編です。ここで、ドラマの事案概要が配られ、参加者は検察チームと弁護人チームに分かれました。
宮木:この事件の争点は「被告人が殺意を持って刺した」か、「偶発的に刺さってしまった」かです。検察チームは、事実をもとに殺意があったことを立証します。弁護人チームは、ある事実について検察の言い分に対する別の見方を考察します。殺意を立証するのは検察官チームの役割ですので、弁護人チームは殺意がなかったことを立証する必要はありません。殺意があることに疑いがあることを示せばよいのです。
宮木:非常に活発な議論で、なぜ日本に裁判員制度が定着しないのか、よくわからなくなりました(笑)。いろいろ出ましたが、最終的にやるべきことは「小夜子が殺意を持って人の命を奪った」ことを疑いようのない程度まで立証できたかどうかです。それが立証できなかったら、いくら疑わしくても殺意はなかったことになる。例えば傷害罪の程度にとどまるか、傷害致死ということもあります。刑の重さがだいぶ変わってきます。
裁判ドラマをつくったワケ
宮木:裁判員って、社会で起こったことに対して、おかしいならおかしい、いいならいい、と自分たちで判断していこうというのが本来の姿だと思うんです。より良い社会はフィクションの中で作られるものではなく、裁判は難しいと感じたと思います。でも人が人を裁かなきゃいけないのも事実です。それを人任せでいいのかっていうのを考えてもらいたかったんです。
自分たちで主体的に判断し、より良い社会を作ること。初対面の参加者が話し合い、質疑で議論を深める姿に、宮木先生のご研究が目指す未来を感じました。
レポート:酒井裕介(市民科学サークルKagaQ)
◯関連リンク
名大カフェ|名古屋大学 学術研究・産学官連携推進本部
Researchers' VOICE No.35 宮木康博 教授|名古屋大学 研究成果発信サイト
宮木ゼミ|名古屋大学法学部 宮木康博教授ゼミHP
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