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怪談「われわれの中に」

これは私の祖父の奥さんのお孫さんから聞いた話です。
もう今は誰も住まわぬ土地、「あんぐる」という村での出来事。
敢えてこの話に名を付けるとするのなら――そうですね、「われわれの中に」とかでしょうか。

譜杏来は何の変哲もない地方の村でした。北のほうにちょっとした鉱山くらいはあったようですが、それ以外は特筆することもないような場所です。
特産品はきのこ、ほかの地方ではあまり見かけない種類が多く生えているとかで、それを目当てに尋ねてくる人もいるほどでした。
しかしそんな村に一年前、謎の研究施設が建設されます。
職員はほぼ外の人たちで、明らかに譜杏来にあるには異質な存在でした。
地下水や森林環境には配慮されているようなのですが、それでも村民感情はよくないだろう――そう予想されました。ですが反対運動などが起こるでもなく、研究施設は譜杏来の一部としてすんなり受け入れられます。
年々人口が減っていく譜杏来の住民が、潜在的に外からの人を望んだゆえなのかもしれません。
……まあ、ここらへんは村長である父からの受け売りなのですが。

「われわれの中にも施設をよく思わない人はいる。でも、感情だけでは続いていかないからな」
父はそんな言葉で締めていました。

緩やかに先細っていく譜杏来の生活でしたが、その日々は穏やかで悪くないものでした。
――あの事件が起こるまでは。

「おい、見たか?」
「ああ、ひでえもんだ……逆さ吊りにするなんてよ」
ある日道を歩いていると、ふとある会話が耳朶を打ちます。
逆さ吊り?
その聞きなじみのない単語になんだかイヤな予感がして、私は思いがけず話しかけていました。
「ん? ああ坊っちゃんか、いや実はな……」
「こら、子どもに聞かせる話じゃあないだろう……!」
私はもう十六です。子ども扱いされる歳ではないはずなのですが。
おそらく私は『村長の息子』という印象が強く、村人たちの認識も実際の年齢よりもいくらか目減りするのでしょう。
仕方ないので別の誰かに聞こう、夏彦ならこの手のうわさ話に詳しいだろうか。

「なんでも、マイタケ通りの目立つところに宙づりって話だ」
友人の夏彦に聞くと、そんなことを教えてくれました。
「ホトケさんの死体は胴と足で真っ二つ、さすがに骨は切れなかったみたいだが」
村の人たちによる下手人の目撃情報はなし、亡くなったくるさんは近くの裏通りに入るところを目撃されたそう。
マイタケ通りはそれなりに人通りもあり、誰にも見つからず宙づりにするなんてのは相当難しいはず。
……私も昨日マイタケ通りや裏通り近くを通りましたが、怪しい影なんて見ていません。
実に不可解な事件でした。

譜杏来には駐在所こそありますが、本格的な捜査を行えるような人員なんて存在しません。
ですから、後日県警のほうから捜査にやってくるということになりました。
私を含めた村民たちは不安こそありましたが、まさか自分たちで犯人探しをするわけにもいきません。
村長が村の若い衆を動員し、見回りを行うくらいが関の山でした。

本当は私も見回りに参加したかったのですが――
「私たちがちゃんと見回っておくから、お前は寝ておきなさい」
村長――父にそう言われ、わたしは仕方なく一人で寝床に就きました。
しかし一人になると、どうしても母が死んだ日のことを思い出してしまいます。
ある日の母との帰り道、2人が通り魔に襲われ、母は死に私だけが生き残ったあの日のことを。
「でも……ほかにどうしようもなかったんだ」
そう呟き、私はやるべきをやることにしました。今は休むとき、布団を被って眠りにつきます。

翌日、私は無事に朝を迎えます。
少し寝不足を感じながらも寝床から這い出て、顔を洗うため外へ。
秋口にも関わらずキンと冷えた井戸水で顔を洗い、ようやく目が冴えてきました。
さて、今日はどうするか、そんなことを考えていると――
「誰か来て! 人が、人が……!」

どうやら今度は背中をめった刺しにされているようでした。
すぐ村の大人たちが集められ、話し合いが始まります。
私は話の内容がどうしても気になり、こっそりと話を聞くことにします。私にも何かできることがあるかもしれません。
「なら、やはり女子供にゃ悪いが家から出さんようにせんとなぁ……」
「この状況だ、我慢してもらうしかないだろうて」

話し合いが終わり、村は夜を迎えます。
昨日よりも見回りの数が増え、物々しい雰囲気が辺りを包んでどこか息苦しい感じ。
村の大人たちがこれ以上の被害者を出さないようにするため、そして犯人を捕らえるために村を入念に見て回ります。
そんな中――
「……お前っ、まさか!」
1人は頭を鋭いナニカで一刺し、
「しまっ……抜け穴か……!」
1人は首を横にねじ曲げられその命を終えます。

2つの死体が発見されたのは明け方でした。
変わり果てた2人を見て、村長が鬼気迫ったような表情で叫びます。
「われわれの中に殺人者がいる!」
父も村の人を疑いたくはないのでしょう。
しかし犯人が見回りを掻い潜って殺人を犯しているなら、それは内部犯の線が濃厚です。

「殺人者って……誰なんだよ」
父の発言に困惑し、ざわつく中、誰かが叫びます。
「お、オレ知ってる! 黄土のやつ、昨日決めた道順から外れてたんだ!」
その言葉皆が一斉に黄土さんを見て、ひそひそとそれぞれ話し始めます。
「い、いやワタシじゃない!」
「じゃあ昨日は何してたってんだ! 脇道に逸れてその間に殺したんだろ!?」
「それは……」
「殺人者はソイツだ、宙づりにしちまえ!」
「話す、話すから……! ただ面倒で怠けてただけなんだ、信じてくれ!」
黄土さんは弁解しますが、過熱した村の雰囲気はもう止められるものではありません。
前々から黄土さんは盗みや虚言などで悪印象を抱かれていたのもあるのでしょう。
「ちょ、ちょっとみんなやめないか」
村長が止めようとしますが、村人たちはそんなのお構いなしに、
「やめて、やめてくれ……!」
「恨むんなら、3人殺した自分を恨むんだな!」
瞬く間に、黄土さんの命を奪ってしまいました。

犯人と思しき人を吊って一件落着――と思われましたが。
残念ながら、そうはいきません。
黄土さんが犯人ではなかったのか、それとも複数犯だったのか、事件が終わることはありませんでした。
次の朝も、そのまた次の朝も。無残な状態の死体が出てくるのです。
そして、そのたびに怪しかった村の人が吊るされていきます。

怪しい人が毎日のように吊られていくこの現状は、もう変えられそうもありません。
はじめのうちこそ村長を含む一部の大人たちが止めようとしましたが、
「かばい立てするなんてお前も仲間か」
「お前たちから先に吊ってやろうか」
と血走った目の複数人に囲まれては、もうどうしようもないのが実情でした。

一連の事件が始まってからしばらく経ち、死体の埋葬すら追いつかなくなってきました。
そんなある日、死体にきのこが生えているのが発見されます。
ずいぶんと少なくなった村の大人たちは、もう何度目かも分からない緊急会議を始めました。
「きのこが死体に直接生えるなんて、聞いたことがない」
「そうだ、あいつらだ、村はずれのガリガリたちの仕業だ!」
どうやら、今度の”犯人”は研究施設の人たちのようです。

「……そうか、なら行こう。この事件を終わらせるんだ」
「え……?」
そう言って立ち上がったのは父――いえ、村長でした。
「もう怪しいのは彼らくらいしか残っていない。それに、このきのこたちだ」
あの研究施設ではこの土地特有のきのこについても調べているという。我々がここまで犯人の尻尾をつかめていないのも、なにかきのこが関わっているんじゃないか? 村長はそんなことを言います。その顔は熱に浮かされたように紅潮し、歪んだ笑みの形を作っていました。

村の大人たちと、一部の子どもたちが駆り出され、研究施設へと歩んでいきます。
武器を持って進む姿は襲撃以外のなにものでもありません。
しばらく進み、施設に到着すると、待っていたのは同じく武装した施設職員たちでした。
「申し訳ありませんがお引き取りください。ここに”犯人”はおりませんので」
「うるせえ、お前らがやったんだ! みんなやっちまえ!」
それが開戦の合図でした。
もう誰が悪いかなんてどうでもいいのでしょう。恐怖から目を逸らすため、村の人たちは目に付いた誰かを攻撃し続けます。
施設職員たちも中に閉じこもっておけばいいのに、威圧のために武装して外に出たのが運の尽きでした。
両者は我を失って殺し合いを始めます。

そして、しばらくして。
立っているのは数人だけでした。
辺りは血の海死体の山、穏やかな譜杏来の面影はもうどこにもありません。
「逃げたぞ、追え!」
ようやく逃げ出した職員は運悪く見咎められてしまい、追いかけられます。
職員と、それを追う一団は施設の中へと入っていきました。

やはり地の利は職員にあるのでしょう、物陰から銃で攻撃され、一人また一人と脱落していきます。
残ったのは私と父――村長だけです。

彼を追っていくと、広い部屋に出ました。
私たちが入ってきた場所以外に出入り口はなく、もうどこにも逃げ場はありません。
「待ってくれ、分かったんだ……!」
「殺人者め……譜杏来を、よくも!」
研究者が何かを言う前に、父はその鉈を彼の頭に振り下ろします。
これでやっと、村と殺人者の戦いは終わりました。
父は燃え尽きたのか、その場に座り込んでしまいます。
「恐ろしいやつらだった……本当に、本当に」
溢すように言葉が吐かれます、もう立ち上がる気力も残っていないようでした。
……本当に、恐ろしいものです。
最後まで犯人が分からず、仲間内で争いはじめるなんて。

「……ふう」
わたしは亡骸に背を向けながら、いくつかの機械を操作して回ります。
父の言っていた通り、この施設は譜杏来のきのこについて研究していたようです。その研究成果の中には、あらゆるゴミを分解し、養分にして成長するきのこも。
ならちょうどいい。
この村も、特産品に埋もれて終われるのは本望だろう。
私はニヤリと笑い最後にボタンを押下しました。


あとがき

8/13は怪談の日、ということで自作の怪談を載せておきます。
「怪談白物語」というTRPGシステムで使用するために書いた怪談話です。そのため怖さを重視したつくりとはなっておりません。
もし何かしらに使いたい方はご自由にどうぞ。ただしゲーム「Among Us」の二次創作のため、営利目的での使用はおすすめできません。また、他者を傷つけることを目的とした使用は禁じさせていただきます。
あと4000字以上あるので「怪談白物語」に使用するのは向いていない気がします。

使用素材

順不同・敬称略
赤いきのこ - ぴくらいく
百物語 - 葱塩(イラストAC)
ふぉんとうは怖い明朝体 - フォントな


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