アカツキ電光日記_230725

なんでTwitterやるようになったんだっけか

最初に「Twitter」という概念に触れたタイミングは明確に覚えていて、東日本大震災の時だった 父親がYahoo!リアルタイム検索の機能を使って見せてくれたことを覚えている 「タイムライン」という概念が僕の中にほとんどなかったからとても新鮮だったのを覚えている 2011年3月だから9歳……小学3年生の時になる

自分が単独でTwitterにリーチするようになったのは中学生の頃 WiiUのインターネットブラウザーを使ってネットサーフィンをするようになっていて、今は亡きNEVERまとめを漁っていたらバズツイを毎日更新している巨大なまとめ記事に遭遇し、それをお気に入り登録して毎日眺めていた 「バカッター」という概念が一般的になり始めた頃で、「バカッターっぽいけど実はそうじゃない写真」大喜利が流行っていた まだアカウントは作っていない

高校生になって、とある有名な科学者の講演を聞いた帰りの電車の中でTwitterのアカウントを作った 友達に唆されただけだけど 当時の自分はまだ謎解きとか知らなくて、ニコニコメドレーの制作者ばっかりフォローしていた気がする あとアイドルマスターをやっていたのでアカウント名に「P」が付いてた 今のIDの末端の「p_」はその名残

謎解き界隈を知るのはそこからすぐだった メドクラと謎クラの住む世界は結構近いので、フォロワーのRTとかで一枚謎が流れてきたりしていたな ケモ謎とまき謎が特に印象に残って、それをきっかけに謎解き界隈に移住した そのため僕はこの2レーベルを親だと思っている 話は変わるけど「ツクルスクランブル」でこの2レーベルの管理者と一緒に制作できたのは感慨深いものがあった

あとはしっかり謎解きの人になった 一枚謎やLINE謎を色々出したり全体戦を出したりと、作る側に回るのは結構すぐだった 今思うとかなり拙い謎だったけど、当時の水準で言うと並ぐらいだったと思う 賞賛されてる謎のクオリティを比較すると分かるけどここ5年のTwitter謎界隈のレベルの上がり方ってすごいんだぜ これが高2ぐらいだから5年か6年ぐらい前

大学に入っても使い方は変わらず 「ENIG-ROIDの人」「競技謎解きの人」になって交流の幅が増え、フォロワーの層やよく話す相手も変わっていったけど、基本はずっと雑多なまま 意味のないことをつぶやき続けている

リア垢や鍵垢も作ったけど性に合わなくて結局葬り去ってしまった 最盛期は7つぐらい管理してたけど、今は表とサブ(非鍵)の2つだけになっているし両方でキャラクターが一緒 リア垢も使わなくなったけどインスタで同じことをやっている

「不特定多数の人間が小規模な情報を断続的に入力してくれる」というスタイルが人口に膾炙したんだろうし、自分もそこにハマっているのだと思う これに慣れてしまうと長期間かかる活動・コンテンツに耐えられなくなる、みたいな言説が流れてたけど、自分は大学での研究活動とかもわりと楽しんでやれているからまだ大丈夫そう

タイムラインというものが当たり前のように生活の一部になっているけど、Twitterに手を出す前は不特定多数とつながる空間というのは存在しなかったはずで、仮にそれが消え去ってしまっても元の生活に戻ることはできると思う Twitterが消滅し、タイムラインという空間が消滅してしまうことを考えると少し寂しくはあるけど、それをどこか待ち望んでいる自分がいるような気もする Twitterがなくなった後の世界で健気に生きる人たちを訪ねてみたいというかそんな気持ち フェノトピアです

「終わった後も続く世界」ってなんだかワクワクするじゃないですか 僕は結構前向きだよ


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