夢中毒

おやすみなさいを唱えると同時にもうひとつの世界に飛び込む私を迎えてくれるのは有機的とも無機的とも言い難い柔肌で、それに包まれた私の中から湧く淡いクリーム色の感情はすぐに私の質量を越えて世の中に在るあらゆるものと私の境界をひどく曖昧なものとし、それは必然的に私を下向きに押す力へと変化し、この最も理想的で官能的な舞台の許容する負荷を越え、深海とも宇宙とも似つかない黒く静かな空間へと押し倒し、そこに存在するのは星でも水泡でもなく、ただひとつの光の粒さえも見つからない代わりに熱に満ちており、すなわち揺らぎに支配された立体であり、無限遠の彼方に感じる大きくも優しい熱源を感情と欲望のままに頼りさながら蝶のようにふらふらとしかし明確に近づき、そこで初めて優しい熱源がひとつの太陽でないことを悟り、それは光速で動くいくつもの灼熱の原子であり、恐ろしくも激しく情熱的な彼女らに身を焼かれた私は痛みを感じることもなくただ無数の快感に溺れながら気を失い気を失い気を失い、次に視える景色は懐かしい苔むした茶色の天井であり、身体は一切動かすことができずにそのままとなり、全ての方角から聞こえる鋭い雫の音と土の匂いで理解することには億年の時を超えた大樹の複雑に絡まった幹と枝の隙間に落ち込み蔦とも蔓とも言い難い植物的な螺旋によって四肢を折りたたまれていることであって、悠久と一体となった私は永久に朽ちる運命を約束され、その上方から流れ込む液体は木の葉と無数の繊維によって極限まで浄化された最も暖かい低温であって、末端が光のように緩和されながら儚くも体温を失い、大樹の提げている無数の紅くて円い木の実の何ら相違ない姿へと変貌を遂げるその第一試験に合格するのであって、全ての手足が再びに時間と運動を取り戻し、そこに存在するのは虚数で語るに適した青空であって、無限へと放り出された私は気が付けば椅子の形に変貌し、その手を貴方に握られていることに気が付くが貴方は無邪気で、身体のすべてを投げ出しながら無重力を愉快に感じ、すると同期する私の内臓は浮かび上がりながらも無数の叢雲が消えていく様を爽快に思う外はなく、ただこの快が無限に続くことは永遠に在り得ないのだと知っているのは私も貴方も違うところはなく、ただ超えることの敵わない豊かな山の登場が遅れることを願うばかりであって、悪あがきとは承知しながらもこの足を峰と水平に限りなく水平に近づけることに腐心するしかできず、壁も天井も窓も家具も白く整い、かつての日差しと同じような貴方の微笑みの前に並べたてるのは不格好な辞書であり、一点の曇りを見せることもなく誘うのは罠であり、一歩踏み出した先に見いだされるのは悪魔の館であり、しかし私はそれに気を取られないように振舞う羽目になるのは本意から大きく外れているわけでもないため白い壁に吸い込まれることを拒絶するのは永遠に叶わず、ただ泣きながら虹色に光る風の前で床に融けて平板となり、平板の重量と夜風の暖かさが振動的な喧嘩をし、釣り合い、一点で静止し、目を合わせ、目を合わせ、目を合わせ、目を合わせ、目を合わせ、そこに見出した一滴の明るみに全てを赦し、月は堕ち、濁流となった夜風が私の胴に無数の小孔を穿つが何も気にする必要はなく、融けだした風はついに形を持ち、滴り落ちた透明な宝石の裏に刻まれた愚かな文様を恥じる私の前にその鏡像を彼方から運んできてくれることに鼓動を感じ、多重の闇の中と知りながらも深く消える視界に飛び込んでくるのは理想化された現在であって、それは極めて現在に近い桃源郷であって、死を迎えなかった貴方が歯車となって語り掛ける残酷に優しい世界として映るのは切なさであり、気が付けば母なる桃源郷に無数の火の粉が降り注ぎ、しかしその健気さに希望を見出した私は背後から迫りくる影の粘膜を嘲る覚悟を決め、鉄と鉄の隙間に片腕を失いながらも見たものは貴方ではない貴方であり、おはようございます

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