手札
嫌になるほど探して回っている。
既に頭の中は手の付けようもない程に溢れている。それでも尚情報を集める行為を止められないのは、鬱屈を祓う手段を手元から切らさないためだろう。砂漠のように不毛な議論や、意思すらない言葉の羅列に心をすり減らしながら、未舗装の人生を痛みなく歩くための神具を夢見てしまう。誰がために、正しく己の為に、無味で曖昧とした海に今日も分け入っている。
「パイを焼け。目を温めろ。湯船に浸かれ。音楽。入ったことのない路地裏を散歩しろ。電動歯ブラシを買うと良い。ガラスの美術館。覚えたことのない鳥の名前。ロボットの掃除機。趣味を増やせ、ホラー文学、自分の手先を、動かせ」
それでも日々は食い止められない。経験の外にあった驚きと感動も、いつかは心の中の砂塵と化す。入念に蒐集した筈でも、日々を渡るための手札はあっという間にすり減っていく。消費。やり過ごすための消費。蛇蝎の如くお前が嫌う、消費。
済、済、済と呟きながら手札をめくると、最後に残った一枚と目が合う。真っ赤に塗り潰された絵札から目を逸らすため、性懲りもなく光る板を開いて手札を補充する。そのカードを選ばないままでいられるように。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?