「三寒四温の関係」



あなたが住むあの狭い部屋まで、車で15分、電車で2時間、歩いて10分。

人間が移動する手段のほぼ全てをなんの躊躇いもなく網羅していく。交通費だけで2、3日分の食費になるだとか、特に気にする必要のないことをついでに考えながら。

苦手だった異様に時間のかかる乗り換えも、今じゃあすっかりお手の物。目的地があの部屋に設定された今、大嫌いな都会の喧騒は盛り上げ役に、巣に這うアリみたいな人混みは余興の為の装飾品に過ぎない。それに加え、好きな音楽で耳を塞いでいるんだもの。無双状態だ。



「お邪魔しまーす。」


決まってあなたは鍵はかけない。

そう著しく警戒心が欠けているあなただからこそ、私は気兼ねなく身を委ねられているのだろう。だけどそれは反対に、あなたから特別という概念をも奪う。あなたは誰にでも優しくて、あなたは誰にでも分け隔てなく接する。

そして誰にも興味がない。

こうして長い時間をかけてのこのことやってくる私にも、ね。


道道のコンビニで買ったスナックや軽食、お酒などを小さい机の上に広げる。大して食に関心のないあなたは5%のアルコールだけを口に含み、中断していたテレビゲームを再開する。いい歳した大人がヒーローを見る子供みたいな眼差しで。そんなあなたの横顔を見る私もいつしか童心に帰ることが出来る、あなたと一緒にいる理由の一つはそんなところにあった。


切り出すのはいつも私。

あなたは手の平に指を置くと反射的に握り返す赤ん坊みたいに、嫌な顔一つせず私に賛同する。そこに存在価値を見出しなんとか平常心を保っている私のことなどいざ知らず。暑い日は同じアイスを買って真似しないでと笑い合い、寒い日には末端冷え性の冷たい脚を絡め合い温める。この様子を誰が偽物だと疑うだろうか。

あなたはきっと、私が急に消息を経っても探そうともしないでしょうね。その時は、どうかしていただけだ、と忘れてしまいたい。忘れられるものならば。



「ばいばい。」

見送られるのもいつも私。玄関のドアが閉まる前にその場を去る。名残惜しい、などと思ってしまえばあなたは鬱陶しそうに笑いながら眉を歪めるだろう。なんて今更ながら無意味な気遣いをしてしまっている。それでも、少しでもいいから、一瞬でもいいから、と望みを捨て切れないでいた。



映画一本分の長い帰路。その一個分の感動を犠牲にして歩く。

17時を過ぎたらもう薄暗い。昨年と同様そんな季節がまたやってきて、同じくなんの変化もない私達がそこにいる。夜空にのぼることを心待ちにし過ぎて出番を間違えたかのようにまだ明るいうちから光る月が、見知らぬ影を映し出しぼんやりと雲の縁を覆っていた。

後ろに落っこちそうになるくらいに折った首の痛みなどいつの間にか忘れ、頭上に広がるその様子を見て呟いた。


「寒い。」




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