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しびろい日々(11)

 鎧と兜の間から太い顎が覗いた。片手で仮面を剥ぐように外された兜を、いったん足元に置くために屈み込む。天井の灯火が目に入ったのか、眩しそうに瞳を伏せるモグリの素顔は、青年というには、多少、年輪を経ている。
 色の薄い肌には浅く皺が浮かび、まばらに伸びた無精髭と引き結ばれた薄い唇は、普段、人の営みの中で生きる存在とは違う、種の隔たりを感じさせる。赤茶けた剛毛の頭髪は、いちど短く刈り揃えたのを時間をかけて伸ばしたような無精の髪型で、湿気に浸ってくるくると巻いていた。
 汗が痒いのか、鎧の手甲を帯びたままで後頭部のあたりをガシガシと掻きながら立ち上がり、再び鏡台に相対する。己の顔を見つめ、表情を思い出すかのように鼻をしためたり目を瞬かせたりしている様は、厳つさと愛嬌の両方を感じさせた。
 天井の乏しい灯りが瞬き、そんな微かな変化にも煩わしそうに目をすがめるのは、長い時間、壺兜の内側に感覚を置いていたが故の反動であろう。頬を緩めるように何度か口をすぼめ、太い眉の間に皺を刻んで鏡に睨みを利かせてから、改めて、鏡台の傍らの石台の上に片手を乗せる。喉の具合を確かめるよう、小さく咳払いをしてから、鏡に写る自分へ向け、口を開いた。
「"わたしくは誠実に誓う"……遺体を四体回収。うち三体は原型を留めての運搬が困難なために現地火葬のち梱包。一体は棺に梱包。事前の探索申請を基に……遺失物品なし。帰還中、手負いの小鬼への対処時に負った裂傷の治癒に即席治療剤を借用。数量は記載して提出済み。以上」
 よどみない宣誓であった。鏡の向こうのモグリは、それをじっと聞いている。鏡のこちらのモグリのように口を開くこともなく。
 モグリはそれから数秒、待った。鏡の向こうに変化はない。それは誠実の証明であり、この鏡台の形をした術具の機能であった。

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