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しびろい日々(7)

 遺体が増えれば死拾いが儲かる。という誤解がある。
 例えば……一歩進むごとに致死の罠が牙を剥き、一撃が致命傷になりうる爪牙を振るう魔物が護る、最難関の試練の洞……などというものがあったとしよう。屍は高く積み上がり、死拾いが常々行き交い、陰鬱な光景に身も心も曇るような場所だ。
 間違いなく廃れるだろう。季節一つ移ろうより尚早く、である。
 この世界には数々の秘宝が眠る。膨大な量だ。よりどりみどり、とも言える。ある試練の攻略に手こずるのならば、もっと容易く踏破できる試練の場へ自然と集うのが道理である。寂れた試練に商機は無く、故に道具商も宿番も引き上げ、すっかり賑わいを失った果ては、もはやただの廃墟である。もちろん、そこに死拾いの仕事は無い。
 死拾いが生業を続けるには、試練の挑戦者に可能な限り生きて前に進んでも貰わねばならぬ。そのための目印、あるいは移動補助の渡し綱、宿営可能地の整備といった諸作業も、死拾いの仕事の領域だ。
 とはいえ。これは無報酬の副業であり、ありていに言えば、お節介、である。こういう脇道の仕事を進んでやりたがる死拾いは多くはない。この回廊に施された介添えの数々も、ほとんどモグリ一人が黙々と世話を焼いた結果である。
「んん……落ち着かんねえ」
 多少の苛立ちの混じった声が壺兜から漏れる。原因は、わざわざ残した文様が破壊された事、ではない。この印を床に記したのは今回の道行きの往路であり、回廊の更なる奥地で果てていた三体分の遺体を骨壺に納めて戻るまで、宿営一泊分しか費やしていない事、である。
 文様を壊したのが、いましがた棺に納めた遺体なら、“還って来た”あとで、それなりの説教をすれば済む話である。そうでなければ。つまり。
 ぼっ、と、回廊に強い光が瞬いた。
 灯火棒は燃え尽きる間際、合図の代わりに輝度を増す。その光明も数秒と待たずに溶け消え、回廊本来の薄暗がりの光景が再来する。
 かり、と、石の削れるような音が、床のあたりで鳴った。


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