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しびろい日々(12)

「律儀だよねえ」
 呆れた調子の、娘の声がした。少し掠れて甲高い、愛嬌のある声音である。
 振り向いたモグリは唐突に顔をしかめて眉根を寄せる。
「ナトリさんさあ」
「いまどき、そんな丁寧に鏡の“試し”やってる死拾いとか居ないでしょーよ」
「じゃなくてね」
 モグリは利き手の人差し指をピンと伸ばし、己の胸元をつっつく仕草を見せる。ナトリと呼ばれた娘は、薄い夜着にショールを引っ掛けた姿で小首を傾げ、肩をすくめてみせた。目元に寝起きの跡が残る彼女は、この施設の管理責任者であり、優れた“イキ”の遣い手だ。来歴の名を、イョルト学舎のナトリ、と呼ぶ。
「んー何が言いたいのかねえモグリくん。綺麗なお姉様に見とれちゃったかなあ。無理もな」
「身嗜み」
「あ゛?」
 名の知れた学舎から名乗りを許された才女の口から博徒の脅し声が飛び出してもモグリは動じず。しかめ面で再度、鎧に覆われた自分の胸を指し示した。ナトリはつまらなそうに半眼になると、乱れてはだけた夜着の胸元を整え、寝ぐせの付いた髪を軽くまとめると、長いショールで肩から腰にかけてを緩く覆い、傾いでいた姿勢を正して背を伸ばした。身嗜みと称するには簡素だが、それだけで、容姿から受ける年代の印象が、娘世代から一周り以上は違って見える。
「この律儀野郎め」
「褒めてる?」
「そう捉えたいならご勝手にい? ……死拾いモグリ、ご苦労様でした」
「お言葉、有難く」
 神妙に返答するモグリの姿勢には、年長者への敬意があった。
 “イキ”の術を修める者の多くは、その過程で自らの時の流れを歪ませてしまうという。砕けた調子の時は小娘にしか見えないナトリも、その実、生まれた時代はモグリとそうそう変わらない。多くの人の生死を眼前で観て来た経験の分、畏まった場ではナトリの方が年嵩に見えるものだ。
「ナトリさんもだいぶ……苦労したようで」

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