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しびろい日々(2)

 異装である。頭を覆う銅色の兜は、壺を逆さに被ったかのような球体で、目鼻のある位置が円状に抉り抜かれ、嵌め殺しの窓にも似てガラス板が接合されている。胴体は更に奇怪で、錆鉄色に燻ぶらせた板金鎧が部位毎に裁断されたような金属片が、麻布らしき質感の下衣の表面に張り付けられている。兜と鎧の間、手の先までもひと繋ぎの布で覆われ、肌を晒した部分は微塵も見当たらない。ゆったりと膨らんだ布のシルエットは岩窟人を思わせるが、動きに合わせて余り布が凹む様子から見て、中の人物の体格はそれほどではないのだろう。
 差し入れられた両手が、屍をひっくり返して仰向けにする。手の先には細く鉤ばった金属片が貼り付けられており、鉤の先は丸みを帯びるように研がれていた。爪にも似たそれを器用に操り、屍の装備を検める……あるいは物色するよう、執拗に触れている。
 ふうううむ――と音がした。それは壺兜の奥に素顔を隠した人物による、嘆息か相槌かであったのだろうか。反響と密閉でくぐもったそれは、魔物の唸り声と評されてもおかしくはい。
 ふううむ、と、再び唸り声を響かせた後、おもむろに背中へ手を回す。がちゃり、と金物の音を立てたのは、鎧との境目のわからぬほど使い込まれた、茶錆色の背負子である。
 背負子の側面のポケットから、木板に紙束を紐留めした簡素な帳面を抜き出す。片手で器用に開き、何度か捲ると、目当ての項目が見つかった。
 人相書きと、宿帳の写しである。
 目の前に横たわる屍の枯れた顔と、真顔でこちらを見据える人相書きの風貌。その両方に、顎から頬骨へと至る、古傷の跡があった。


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