見出し画像

しびろい日々(13)

 視線を落とせば、散乱した提出書類が落ち葉のごとく散乱する様が否応なく目に入る。どちらともなく、モグリもナトリと屈みこみ、それを拾い集めはじめた。紙同士が擦れる乾いた音が、広い構内に反響する。
「あのオヤジさあ」
「ヤセさんまた何か?」
 波止岬のヤセは壮年の屍拾いで、モグリの先輩でありナトリの天敵でもある。
「次行くって」
「あー、それで宿題提出?」
「信じられる? 三月巡りぶん一気よ」
「う……わあ」
 死拾いは股旅の生業である。十分な"需要"のある試練の地を聞き付ければ移住し、必要以上の"供給"となれば次の現場を探して移る。ただし、そこには最低限の規律もあり、たとえば職務証明たり得るイキの遣い手への報告書を漏れなく提出することなど、怠れば評判に関わるものもあり。
「まあ報告書の“ツケ払い”許してたウチにも非がないとは言わないけど、さあ! 加減ってもんあるでしょ」
 ヤセの度を越したズボラさは、この時期、災厄じみた事態を引き起こすのである。
「加減、知らないだろねえ」
 無駄話に花を咲かせつつも手は止めず、それぞれの手に纏められた資料の耳はきっちり揃えられている。
「で、捨て台詞で何て言ったと思う? "明日には夜艶屋が引き払うから行くわ"ってさあ、言うに事欠いて」
「えっ?」
「えっ?」
 想定外の返答に真顔になったナトリは、こちらに虚ろな視線を向けたモグリの顔に、失望、の文字を見てとった。
「えっ明日……いつの明日?」
「ずいぶん前の明日だけど……知らなかった?」
 返事の声はなく、モグリは頷き返すばかりだが、瞳孔を開いてわななきながら手元の紙束を取り落としかける姿が全てを物語っている。
「あー……気付いてなかったかあ」
 長期間、試練の場で活動した死拾いの時間感覚は、文字通り"破壊"されている。村落に戻ってもなお、その時差に惑わされるのは職業病とも言えるだろう。
 結果、夜艶屋‥…艶やかな娘たちが男を慰める夜の生業である‥…は客の減った集落から引き払い、モグリは仕事上がりの楽しみを奪われた、という訳である。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?