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しびろい日々(15)

 飛ぶ鳥も落とす見事な投擲である。木の葉が散るように書類が降り落ちるが、モグリの顔の照り汗に引っ付いたのか、一枚だけ、ヴェールのように接着されていた。

 ……それが剥がれ落ちるまでの間に、“イキ”にまつわる話をしておこう。
 “イキ”
 それを別の言葉に読み替えるなら、寿命、あるいは定命の量、だろうか。“イキ”の総量は各々の生誕の時に定まり、その消費量は生き様による。
 より激しく、濃密で、危機に溢れた人生を歩む者ほど、一刻の間、より多くの“イキ”を費やす。太く短く、充実した人生を送ったとも言えるし、儚い一生を駆け抜けたとも言えよう。
 その“イキ”を操る術を修めた者は、肉体的な死を迎えた者に対し、時を巻き戻す能力を得る。その原資は、未来の“前借り”だ。
 それには少なからず“利息”が発生し、多用するほど死の期限は迫る。そんな魔法を日常的に要するほど危険な仕事は数少なく……試練に挑む挑戦者は、その筆頭に挙がるだろう。
 文字通りの意味で、挑戦者の生命線である“イキ”の操り手の元へ、遺体を運ぶ。それが死拾いの職務である。
 好むと好まざると関わらず、否応なく顔を付き合わせる以上、“イキ”の術の遣い手と死拾いは、善かれ悪しかれ、因縁が生じる間柄なのだ。
 ……そして今も。うっかりナトリの沸点に触れたモグリの額から、ようやく用紙がハラリと舞い落ち、ナトリはそれを、待ち受けていたように拾い取った。
「言い過ぎた。ごめん」
「ん」
 下がり眉のモグリ。気にするなとばかり片眉を上げるナトリ。これが初回の遣り取りでもなく、慣れたものだ。
「モグリくんもさあ、そろそろ行くの? 次」
「いやあ、もうちよっとここに……少なくとも一人は死拾いが残ってないと」
「もう自助でなんとかなるんじゃない?」
「いや……どうかな、うん」
 モグリの台詞に陰ったニュアンスを感じて、ナトリは目で問うが、確かな返事は見て取れない。
 まだ明かす段階ではない――という事なのだろう。と、ナトリは納得する事にした。この馬鹿真面目な死拾いは、必要なとき、助けを求めることを渋るような馬鹿者ではないのだ。

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